第9回 自由と制約
まずは、今年も恒例、謎かけからいきましょう。
A国の秘密警察がB国のスパイを捕らえた。スパイはB国育ちなのでB国語を話すはずなのだけれど、尋問してもA国語しかわからないとしらばっくれる。長い取り調べの休憩の時など、油断しそうな瞬間を見計らってB国語で話しかけても返事をしないという徹底ぶり。
そろそろ拘留期限の切れそうなある日、取調官がこれまで以上に怖い顔で、B国語で話しかけると、あっさりB国人だとバラしてしまった。
取調官はB国語で何を話したのだろう?
制約はあったほうがいい
でも、実際は逆です。実は、制約があったほうが自由な発想が出やすいものなのです。制約は前回お話しした「セレンディピティ」を発揮できるチャンスでもあるのです。
せっかくなので特別に、私が普段ラテラルシンキングの研修で実施している「自由と制約」演習を紹介します。何をするかというと、作文です。
この演習は受講者に「自由」と「制約」あるいは「制限」の違いを体験してもらうことが目的ですが、事前の説明ではそのことを明確にしません。「とりあえずやってみてください」とだけ言って始めます。
演習ではまず、教室をAとBの2つのグループに分けます。そして双方に秘密の指令メモを渡す。Aグループには明確な指令を与えます。例えば、「今日ここに来るまでに気付いたことを書いてください」とし、Bグループには「何でも好きなことを自由に書いてください」と指令を与える。両グループとも、制限時間は10分。10分で400字詰めの原稿用紙をなるべく多く埋めてもらうんです。
すると、Aグループは指令を渡された途端に書き始めます。すごい勢いです。いっぽうでBグループは苦労します。「自由に書いてください」と言われると詰まるのです。制限があったほうが楽なんですね。これ、今までに100以上の企業さんに実施していまして、いずれも同じ結果になります。
制約は何によってつくられるか
STEP1.テーマの選定
STEP2.テーマの材料(エピソード)を思い出す
STEP3.テーマに合致した材料を取捨選択
STEP4.テーマの深掘り(何を言いたいのか)
STEP5.結論に向けて材料を組み立てる
STEP6.文章化
意識しているしていないにかかわらず、作文にはこれだけのプロセスを要します。そこであらかじめテーマが与えられていると、STEP1を省略できるわけです。
しかも、このSTEP1をさらに分解すれば、そもそもがとても面倒な作業だったことがわかります。自由に書いてくださいと言われた場合には、次のような妥当性を判断しなければなりません。
・なぜ、このテーマを選んだのか? (テーマの選定で笑われて恥をかかないだろうか)
・例えば「時代」に合っているか? (古いと言われないだろうか)
・そもそもこの研修のテーマにふさわしいか? (ピントが外れていると思われないだろうか)
これ、よく見ると、テーマの選定に悩んでいるというよりは、周りから自分がどう見られているかを気にしていますね。つまり、私たちが「制限」あるいは「制約」があってできないと言う時は、責任の所在を深層意識の中でコントロールしようとしているのかもしれません。いわば「制限」とは、自分自身がつくり出している言い訳なのです。
制約を逆手にとった例
これらを踏まえたうえで、制約を逆手にとった事例を紹介します。
石川県羽咋(はくい)市の職員だった高野誠鮮(たかのじょうせん)氏は、限界集落を再生させる特命を受けました。年間予算はわずか60万円。宣伝などしようがありません。高野氏が来る前、その集落では何百回も会議をしていました。でも、会議をするだけでは何も起きません。
高野氏は直接行動に移りました。「米を売ろう」というのです。ただし、過疎地の棚田でつくれる米の量は限られている。そこでまずは知名度を上げようと、神子原(みこはら)集落でとれる「神子原米(みこはらまい)」という名前から連想して、ローマ法王に米を献上することを思いつきます。しかも、役所の人らしく外務省に頼んで…という通常の手順を踏まず、直接バチカンに手紙を書きました。すると数ヶ月後、国の外交やら慣例やらを全部飛び越して、大使館経由で献上の許可が出ます。通常の手順はあくまで慣例で、同じ手順を踏まなくてはならないというのは思い込みであったということなのです。
高野氏の思惑通り、神子原米はローマ法王御用達ということでニュースになり、注文が舞い込むようになりました。ところが、高野氏は「たった今売り切れてしまいました。もしかしたらデパートにあるかも知れません」といって注文を断ってしまいます。もちろん、デパートに営業なんかかけていません。注文を受けたデパートが慌てて高野氏に問い合わせます。高野氏はこう考えていました――「最初にデパートにアプローチしても、実績がなければ扱わないだろう。でも、実際に問い合わせがあって売れたのなら、デパート側から継続的に注文されるはずだ」。この戦略があたり、神子原米は日本有数の高級米として大成功を収めました。
売ること自体はいくら自由でも、流通を確保しなければ商品は売れない。これが「制約」です。高野氏は「流通がない」という制約を逆手に取り、上手く利用したのです。
【スパイはなぜB国人なのを認めたか】答え
A国の担当官は、B国語で笑い話を披露した。
スパイはまさか、取調官が笑い話をするとは思わないので、理解できないはずのB国語の笑い話にプッと吹き出してしまいました。なにしろ怖い顔で話したわけで、顔がおもしろかったのだとも言い訳できず、ついに観念しました。自由に笑って良い時よりも、制約がある状況で、例えば満員電車で落語を聞いていて、おもしろさに笑いをこらえればこらえるほど、ついニヤリとしてしまうとか、ありますよね。
次回は「ピンチを救う逆転発想の練習法」を紹介します。
木村尚義の「実践! ラテラルシンキング塾」
第9回 自由と制約
第9回 自由と制約
執筆者プロフィール
木村尚義(Kimura Naoyoshi)
創客営業研究所代表・企業研修コンサルタント
経 歴
日本一ラテラルシンキング(水平思考)関連書を執筆している著者。1962年生まれ。流通経済大学卒業後、ソフトハウスを経てOA機器販社に入社。不採算店舗の再建を任され、逆転の発想を駆使して売り上げを5倍に改善する。その後、IT教育会社に転職、研修講師としてのスキルを磨く。自身が30年以上研究している、既成概念にとらわれずにアイデアを発想する思考法を企業に提供し好評を得ている。また、銀行、商社、通信会社、保険会社、自治体などに「発想法研修」を提供している。遊ぶだけで頭がよくなる強制発想ゲーム「フラッシュ@ブレイン」の考案者。著書に、『ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門』(あさ出版)、『ひらめく人の思考術 物語で身につくラテラル・シンキング』(早川書房)など多数。
オフィシャルホームページ
http://www.soeiken.net/(2017.01.25)
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