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令和の米転がし

 
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tokomaru7 / PIXTA
令和の米騒動が続いています。「私は買ったことがない(コメを)」発言で一発退場した江藤拓氏から小泉進次郎氏に農林水産大臣が変わり、その小泉氏は「(国内コメ市場を)“じゃぶじゃぶ”にしていかなきゃいけない。でないと価格は下がらない」と、相場操縦の観点からは大正解ど真ん中の主張を掲げ、次々に策を打ち出しています。
 
――が、時すでに遅し。今年2月時点にでも農水省が備蓄米・ミニマムアクセス米を市場に一挙に大量放出し“火消し”を図っていれば、’70年代後半の「魚隠し・魚転がし」同様の米転がしを決め込んでいる一部の悪徳業者*1が一斉に売り抜けに転じ、騒動は収まっていたのに、との分析を一貫して示すのが、著書『誰が日本のコロナ過を悪化させたのか?』で本邦の非科学的思考と行政の怠慢・欺瞞のカップリングを鋭く糾弾した「コロラド先生」こと牧田寛氏です*2
 
氏によれば、当時の魚転がしと漁価高騰で日本人の魚食離れが決定的になり二度と戻らなかったのと同様に、今回、米価高騰で消費者の米離れが進んで米が日本国民の主食でなくなる展開が大いに懸念されます。6月10日の農協新聞は随意契約による備蓄米放出で仲介業者間の取引価格(スポット価格)が急落していると報じており*3、うまく行けば懸念は回避可能かもしれませんが、今年の新米が店頭に並び始める8月末~9月の店頭価格を確かめるまでは安心できません。
 
 

米かパンか。主食をめぐる議論のあり方を問う

 
一方で、米は今回の騒動と関係なくとっくに主食ではなくなっていたと指摘する向きもあります。それらの主張は大抵、「米よりパンのほうが年間消費額が多い」というデータを持ち出しますが、額で比べても意味がないというのが筆者の考えです。
 
額より量。それも「心身ともに満足するほど食べたときの量」で比べるべきではないか。だって、それが主食というものでしょう。
 
例として、食べ盛りの小中学生男子を子どもに持つ家庭で見てみます。この年代の男子は一食あたりご飯を1合半は普通に食べます。おかずがおいしければ2合食べます。朝は時間もないから4分の3合で終えても、4分の3合+(1合半×2食)で1日に3.75合食べます。一食2合なら4.75合です。
 
本稿執筆時点の6月20日現在、5kg入り精米の店頭小売価格は平均4160円です*4。精米5kgは33.333・・・合なので、33.33÷3.75合=8.888で約9日。4.75合で割れば7日です。子ども一人をたった1週間か9日食べさせるのに、おかずを含めない主食だけで、約4200円かかる。二人いたら8400円かかる*5
 
問題の核心は「主食がそれでいいのか」ということです。いかにパン食が増えたとはいえ、それは「お米がいつでも食べられる」という安心感があるからであって、ここが脅かされれば、パン食も、今のような“主食ではないからこその良さ”は薄れると思います。定住所がない人の旅行はある人の旅行とは別物なのと同じです。
 
ちなみに、同じ子にパンを食べさせる場合、パンに合うおかずが出ても一食あたり6枚切り食パンを3枚食べれば終わりです*6。胃のキャパ的にはまだ食べられても、また、感情的にはもっと食べたくても、パンは食味が平板というか何というか、飽きるからです。
 
「はー、食べた食べた。お腹いっぱい。幸せ~♪」という米飯食ならではの多幸感は、食パンで腹パンになるときの「もう十分。ごちそうさま(スン・・・)」という満足感とは違います*7。子どもをどちらで育てたいか。どちらで食育することがその子の生涯の資産になると考えるのか――。主食をめぐる議論はそのレベルの実存にまで届いている必要があると思います。
 
なお、あくまで額で比べたい勢のために、飽きずに食べられるであろう惣菜パンでまかなう場合もシミュレーションしてみます。惣菜パンなら一食1500円ぐらいかかりますから、(2+4分の3食)×7~9日=19.25~24.75食、×1500円で1週間から9日間あたり消費額は28875~37125円まで膨らみます。パンの年間消費額が米を上回るのは当たり前なのです*8
 
 

騒動の元凶はあの人だった?

 
それにしても今回の米騒動ではさまざまな説が乱れ飛びます。高騰の原因一つとっても、「コメの収穫量が例年より下振れして需要を満たせなかったからだ」「収穫量は例年並みだったが需要が想定より多かったのだ」と、相対立する理解がそれぞれもっともらしい根拠を伴って示されます。
 
前者の根拠は、1970年から2018年まで続いた減反政策(終了後も隠然と続いた闇減反政策含む)と、それによるコメ農家の弱体化。そして後者の根拠は、コロナ禍明けのインバウンド急増による需要の上振れと、昨年夏に宮崎県日向灘の群発地震を受けて気象庁が発した「南海トラフ地震臨時情報」を発端に、消費者がコメの備え買いに走ったことです。そもそも現物のコメとは別に、昨年8月に大阪・堂島取引所で「堂島コメ平均」の指数先物取引が始まったことが米価高騰の元凶だとする指摘もあります。
 
また、備蓄米放出が始まって以降は、それでも小売価格が下がらない理由について、農水省は「流通段階(精米や卸)で目詰まりが起きて現物が市中に出回るのが遅れ、価格に反映されるのに時間がかかっている」と説明しています。説明の前段は決まって、「もともと国内の在庫量に問題はない」です。その姿勢に「自分たちの統計の不備を棚に上げてなんたる不誠実」とか、「そういやぁ、各地に計4674人配置されていた省の統計職員を大量解雇して今の668人まで減らす流れをつくったのは親父さん(小泉純一郎氏)だったぞ」と、途中から「小泉‐竹中構造改革」まで遡って怨嗟が渦巻く始末*9
 
 

正味な話、どうなのよ

 
そうこうするうちに消費者も、自分が買っていたお米が本来いくらであればよかったのか、今回いくらに落ち着けばいいのか、適正価格がわからなくなってきていると思います。
 
ただ、そこで「高騰が始まる前に買っていた値段が適正だ。元に戻せ」と短絡してしまうと、今回の騒動が国民の間に何の実りも残さずに終わってしまいます。この意味では、2月に一挙放出して早々に事態が収束するよりも、今の体たらくに至って国民全体が「正味な話、どうなのよ」と、米と農業について初めて本当のことを知りたいと思い始める展開で、かえって良かったかもしれません。
 
ちなみに、農協が公式に試算した2024年産精米の適正小売価格は5kg2918円です。3000円を超える高騰は説明がつかない、投機的であることを、農家の利益代表たる農協が確認しています*10。そして消費者のコメ離れを真剣に心配しています。
 
「これまでが安過ぎた(誰かにどこかに無理を強いていた)」との説明には素直に耳を傾けつつ、何も知らずに2200円くらいで購入していた自分が、5kg 3000円まで下がったら買いに行こうと思っています。
 
 
 
*1 農林水産省「米穀の取引に関する報告」が規定する報告対象業者、具体的には「全農、道県経済連、県単一農協、道県出荷団体(年間の玄米仕入数量が5,000トン以上)、出荷業者(年間の直接販売数量が5,000トン)」に該当しない業者の一部
*2 HARUKA「気の向くままに」内「消えたコメ」1~3(Amebaブログ 2025-02-04~08)
*3 歯止めがかからないスポット価格の下落と7年産米動向【熊野孝文・米マーケット情報】(農業協同組合新聞)
*4 米穀安定供給確保支援機構発表、「米の消費動向調査結果(令和7年4月分)」内、「精米購入経路別の購入単価」表より、一般消費者に馴染みの薄い「生産者から直接購入」「産地直売所」「米穀専門店」「農協」を除いた経路の平均。
*5 ここで「なんだ、案外そんなもんか」と感じるのもありだと思います。世帯可処分所得の中央値が約425万円の国で、主食には、主食だからこそ、そのレベルの出費は許容しようじゃないかという考えはあり得ると思うからです。
*6 ちなみに2023年のパンの消費量は麺類・菓子類も含めた小麦製品全体で国民一人当たり約32kgです。米は約55kg。
*7 「それは米を主食として育ったからだ。パンが主食の国では逆だ」と言われそうですが、もちろんその通りで、もし、この前提を前提でなくするなら、主食を何にするか、何であれば本邦に最適かを、あらゆる観点から公論に付せばいいと思います。
*8 おかず代がかからないから米より安上がりでいいじゃないかと混ぜっ返すなら、「どうぞそうしてください」と答えるしかありません。その人たちには「食育」「生涯の資産」といった実存レベルの話は通じないからです。
*9 進次郎農相いきなり「作況指数」廃止のお粗末…“統計のブレ”は父・純一郎元首相の農水省リストラのツケが原因(日刊ゲンダイ 2025/06/18)
*10 米の小売価格、5キロ4000円超は適正か 相対取引価格とコスト構造から試算「超過利潤」は誰の手に(農業協同組合新聞 2025年3月27日)
 
(ライター 横須賀次郎)
(2025.7.2)
 
 

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