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熱中症対策が全事業者で義務化

 
今年6月、改正労働安全衛生規則が施行され、職場における熱中症対策が強化されました。これにより以下の措置が事業者に義務付けられました。
 
 
1 熱中症を生ずるおそれのある作業を行う際に、
 ①「熱中症の自覚症状がある作業者」
 ②「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」
がその旨を報告するための体制(連絡先や担当者)を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
 
2 熱中症を生ずるおそれのある作業を行う際に、
 ①作業からの離脱
 ②身体の冷却
 ③必要に応じて医師の診察又は処置を受けさせること
 ④事業場における緊急連絡網、緊急搬送先の連絡先及び所在地等
など、熱中症の症状の悪化を防止するために必要な措置に関する内容や実施手順を事業場ごとにあらかじめ定め、関係作業者に対して周知すること
(以上、厚生労働省富山労働局HPより転載)
 
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さんぽ49 / 写真AC
熱中症を生じるおそれのある作業とは、「WBGT(湿球黒球温度)が28度又は気温31度以上の作業場において行われる作業で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれるもの」です。WBGTとは、人が感じる暑さ=熱ストレスの総合指標。「1,湿球温度(Wet Bulb Temperature):湿度の影響。汗の蒸発のしやすさに直結」「2,黒球温度(Globe Temperature):日光の熱や地表、熱源機械からの輻射熱」「3,乾球温度(Dry Bulb Temperature):いわゆる気温」の合算で評価します*1
 
今回の義務化は、企業や事業所の規模、作業が屋内か屋外かにかかわらず適用されます。ワークマンによると今年は「ウィンドコア アイス×ヒーターペルチェベスト」――訴求名“着る冷凍服”――の法人からの反響が大きいそう*2。今やファン付きウェアは屋外作業者の必須アイテムですが、真夏日(最高気温が30℃以上)を超える猛暑日(同35℃以上)が当たり前になり、もはやファン付きウェアでは追っつかなくなった状況で、対策義務化を受けてその上位互換が売れている形です。
 
気象庁は今夏の平均気温を、例年より高い確率が北日本50%、東・西日本で70%、沖縄・奄美60%と予報*3。昨日8月5日は群馬県伊勢崎市で国内最高気温記録を更新する41.8℃となり、観測史上最も暑い一日でした。昨年は5月~9月の熱中症の救急搬送が過去最多の9万7578人を記録しています。今年も用心に用心を重ねるほうがよさそうです。
 
 

対策には外部の積極的関与が必要

 
労働者の熱中症をスクリーニングするツールとして、IoT/ICTの発達に伴いウェアラブル端末が普及しています。リストバンド型やヘルメット搭載型、肌着がセンサーになっているタイプもあります。
 
センサーで感知する情報はサービス(アプリ)によって違いますが、心拍(脈拍)が基本です。それに体表温、加速度(モーションセンシング)、発汗量などを組み合わせ、WBGT値と作業強度を加味して危険度を判断します。危険度が高くなれば現場管理者の管理端末や現場のパトランプ、本人が装着したデバイスにアラートが通知される仕組みです。
 
熱中症は自覚症状が出にくく、意識(判断力等)の低下も伴うため、気付いたときには手遅れということがあり得る疾患です。そのため、周囲が兆候を察して適切に対処することも含めて*4、本人以外の外部が積極的に関与することが求められます。
 
 

PHRと関連サービス市場の拡大

 
以上は夏季の熱中症対策の話ですが、企業としては、いっそ通年で社員のバイタルログやライフログをとって「PHR(Personal Health Record)の利活用」という形で収益向上につなげる発想が出てきます。
 
PHR(パーソナルヘルスレコード)とは、個人の健康状態、保健、医療、介護に関する履歴を一元的に集約したデータのこと。具体的には、健康診断の結果や傷病既往歴、薬の処方情報、生活習慣のデータなどが該当します。PHR普及推進協議会の定義では、「本人の意志のもとPHRを活用することで、例えば、自分の健康状態に関するデータの管理・閲覧、健康状態に基づいたレコメンドの受け取り、かかりつけ医や近隣の医療機関・自治体などの第三者へのデータ閲覧・提供などのPHRサービスを通じて、私たち1人1人の健康増進につながります」とされています*5
 
富士経済研究所の調査では、スマホやWebを通じて個人のバイタルや食生活などのPHRデータの記録・管理を行うサービスのうち、法人や健康保険組合向けの市場が昨年度は前年度比約3割増えました。2030年には2023年度比3.7倍の140億円が見込まれると言います*6
 
 

PHRサービスの提供が企業の福利厚生に

 
背景には、今や圧倒的売り手市場となった労働市場(求人市場)において、社員の離職・転職を抑制し自社への定着を図るため、企業が魅力向上施策として福利厚生に力を入れている動きがあります。
 
福利厚生といえば、従来は通勤手当などの各種手当は基本としたうえで、社員寮や社宅、保養所などの施設系、社員旅行や忘年会・新年会などのレクリエーション系、また、やや手厚いところでは、外部の提携先施設(フィットネスクラブやジムなどの運動系、資格スクールなどの教育系)を社員が割引利用できるようにする制度などがありましたし、今もあります。いずれも「良かったら使ってね(享受してね)」というスタンスで、いわば“オプトイン”の位置づけです。
 
そこまでが従来の限界だったのに比べて、企業が社員の状態をバイタルと生活行動レベルで把握*7して健康意識の向上と健康増進意欲の昂進まで担う――平たく言えばケツを叩く――ようになるとは、医療保険財政のひっ迫を受けて行政が進める「健康経営」施策がもう一つ背景にあるとはいえ、時代の変化を感じます。
 
 

熱中症対策はオプトアウトできないが・・・

 
ただ、肝心なのは、PHR関連サービスにおいて譲れないポイントは「利用者が、予防又は健康づくり等に活用すること並びに医療及び介護現場で役立てること等を目的として、PHRを保存及び管理並びにリコメンド等を行うサービス」であるということです*8
 
先の普及推進協議会の定義では「本人の意志のもと」という一節にそれがうかがえます。また、「(PHRの)もともとの設計思想は、国民一人ひとりが健康・医療・介護の情報を自ら管理することで、日常生活の改善などのセルフケアを実現し、健康寿命の延伸を目指すものです」とする記事もあります*9。こちらは「自ら管理」「セルフケアを実現」の箇所が肝でしょう。
 
熱中症対策はオプトアウトするわけにいかない――本人の意識低下を伴うため外部の積極的関与が求められるから――としても、健康は本来、本人が主体となって向き合うものです。福利厚生のPHRサービスを利用するかどうかの判断も最終的には当事者本人が自ら下すべきであり、企業は社員に対し、いつでもサービスをオプトアウトできる権利と自由を保障していなければなりません。
 
社会の情報化・デジタル化が伸展し、総じて“一周回って全体主義”の様相を呈し始めている現在、バックナンバーにある「情報銀行とデータポータビリティ」も、一読をお勧めします。
 
 
 
*1 WBGT値とは?労働安全衛生担当が知っておきたい、その意味と定義(立ち仕事のミカタ 2025/7/3)より
*2 「-28℃の衝撃!」ワークマン《着る冷凍服》が猛暑対策の常識を変える(東洋経済オンライン 2025/07/06)
*3 「3か月予報」2025年07月22日(火)14時発表
*4 筆者もつい先日ハゼ釣りで同行の友人が熱中症になりかけ、早めに車に戻っての休憩を勧めて事なきを得ました。危なかったです。
*5 一般社団法人PHR普及推進協議会(PHRC)ホームページより
*6 プレスリリース第25054号(2025/5/27)
*7 厳密に言えば把握するのはサービス(アプリやソフトウェア)、ならびにその運用主体です。
*8 PHR サービス提供者による健診等情報の取扱いに関する基本的指針p35(令和7年4月改定 総務省、厚生労働省、経済産業省)
*9 PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)とは?基本と活用法を解説(ドクタービジョン+ 2021.01.27)
 
(ライター 横須賀次郎)
(2025.8.6)
 
 

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