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タッ、タッ、タッ・・・ ハッ、ハッ、ハッ・・・

 
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maroke / PIXTA
11月に入り、ランナーの姿が増えています。夜、駅からの帰り道。駅前の繁華街の喧騒が途絶え、遠くまで街灯の明かりが目につく住宅街に差しかかる頃、背後から聞こえてくる タッ、タッ、タッ・・・ という足音。ハッ、ハッ、ハッ・・・ という息遣い。「ランナーだな」と思って振り返る、その瞬間、追い抜き駆け去っていく彼ら彼女らの後ろ姿。
 
YouTubeに上がっている「首都高ナイトラン」はオートバイ視点の映像が多いですが、自らの脚で駆けるナイトランも、格別の気持ち良さがありそうです。
 
ジョギング・ランニング人口は2022年度のデータで全国に877万人。2010年に総人口あたり実施率(年1回以上走る人)が8%を超えてからは8%台半ばを下ることなく、コロナ禍で一気に10%台に乗せたのは外れ値としても――当時は屋外レジャー全般が伸びました――、90年代末から2000年代にかけての5~7%そこそこという低水準からは明らかに離脱し、堅調に伸びています*1
 
 

スマホとシューズ

 
要因に挙げられることが多いのはスマホの普及です。iPhoneもAndroid携帯も、本格的に使われ始めたのはこの頃から(iPhone4の発売が2010年、ソニーのXperiaシリーズも同)。通信規格がそれまでの3GからLTE(4G)に進化し、一気に通信が快適になりました。2013年頃(iPhone5s登場)からは歩数と走行距離計測も標準機能となり、ランナーが活動量を記録・共有しやすくなったことも、「ジョグ・ランとスマホ」という組み合わせの普及を後押ししました。
 
また、直接ジョギング・ランニングに作用するギア――つまり靴――にも変化がありました。それまでは軽さと接地感覚のつかみやすさ優先の薄底シューズが選ばれていましたが、2017年にナイキがカーボンプレート内臓シューズを発売して以来、同様の、着地の衝撃(地面の反力)を推進力に変えるバネ機構を備えた厚底シューズがランシーンを席巻しました。お正月の箱根駅伝で選手たちの足元がまるで木靴を履いたように大きく見えるのを思い出す人もいるでしょう。
 
カーボンプレート入りシューズは高速走行のためのもので、初心者が履くとかえって推進力を得られず逆効果だそうですが、一定以上の技量を持つランナーにとってはまさに“翼をさずける”ギアだと思います。この意味で、“走る”という行為を高度な人工物によって生身の人間の及ばない領域に引き上げるシューズの登場は、まさに革命だったでしょう。
 
 

安全に、気持ちよく

 
いっぽうで、競技として走るのではない、趣味やライフスタイルの一環でジョグ・ランを楽しむ人も大勢います。むしろ、文化として“走る”行為をとらえた場合、こちらの人たちのほうが多いと思います。
 
この人たちにとっては“安全に”“気持ちよく”走り続けられることが何より重要なはず。このうち“安全”に関しては、例えば冒頭のナイトランの場面なら、街灯の明るさや、本人が着るウェアに光反射材が付いていること、女性であれば一人で走っていても安心できるぐらい街の治安が良いことなどがあげられます。また、年齢を重ねても足膝腰を傷めずに走り続けられるよう、サポーティブなシューズをできるだけ選ぶことも要因になると思います。
 
もう一つの“気持ちよく”に関しては、より多彩な切り口が想定できます。それこそ、羽根が生えたように軽く速く走れることも、タイムと関係なく気持ちよさのうちです。「景色が流れるのが速い! こんなに速く走れる!」という爽快感は、趣味のジョガー・ランナー(ファンランナー)にとってもモチベーションアップにつながるはず。
 
また、ジョグ・ランが一つのライフスタイルとして定着した現在、それらのコミュニティを通じて社会的交流が広がることも、“気持ちよく”の範疇で大きいようです。仲間同士集まって一緒に走ったり、チームを組んでわざわざ遠征して各地の大会に参加したり。沿道のオフィシャルカメラに向けて満面の笑顔でピースサインをつくっては走り去るランナーたちを見ていると、「勝つことではなく参加することに意義があるのだ」という名言がオリンピック以上に似合うイベントは、市民マラソン大会を措いて他にないとも思えてきます。
 
 

出張先の夜

 
筆者は若い頃に腰を傷めた関係で腰椎に衝撃が来る運動は避けていますが、わざわざ遠征してまで各地の大会に参加する心情は、趣味の釣りを通じてよくわかります。
 
本邦には「出張×釣り」の組み合わせを国民的文化にまで育てた『釣りバカ日誌』シリーズという映画の金字塔があり、筆者も地方出張の際はバックパックに必ずパックロッドを忍ばせます。このあたり、出張の荷造りをするときスーツケースの片隅にシューズとウェアを突っ込まずにはいられないビジネスパーソン(兼市民ランナー)の心境も、まったく同じではないでしょうか。
 
自分が赴いた地にはそれなりの足跡を――まさに足あとを――思い出に残したい。この気持ちは人として普遍的だと思います。いわゆる祐気取り(吉方位旅行)も、その土地で一泊し、地(ぢ)の食べ物を食べてくることが吉とされます。出張先のホテルの部屋でウェアとシューズに履き替え、スマホと、一応現金も少し持って現地の夜の街に駆け出す、その瞬間のワクワクは、市民ランナー(兼ビジネスパーソン)にとってきっと堪らないもののはず。――そんな想像をしつつ、走らない筆者は代わりに地の酒場で地のおつまみとお酒をいただくわけですが。
 
 

マラソン大会とツーリズム

 
この普遍的心情を捉えてか、近年のジョグ・ラン市場は「マラソン×ツーリズム」の組み合せを強く意識しているようです。
 
特にインバウンド向けの「マラソン×ツーリズム」が注目されており、例えば東京マラソンは、3月初めに行われた今年の大会では出走者約38000人中47.4%が海外勢だったとか。また、来月14日に第14回が開催予定の富士山マラソンにいたっては、昨年は海外からの参加が約6割に上っています。ランニングプラットフォーム「ランネット」の運営元によると、彼らは「フルマラソンよりも10kmの部などの人気が高く、走ることを通じて観光を楽しんでいる」そうです*2
 
ランネットの「新着エントリー」ページには、まだエントリーを受け付けている来月~来年春にかけてのマラソン大会やトレイルランの大会がずらっと並んでいます。この原稿を書いている11月1日現在、直近で一番受付〆切が迫っているのは「ふくい桜マラソン2026」(令和8年3月開催)でしょうか。熊野古道を走る「第28回紀州口熊野マラソン」(令和8年2月開催)や、佐世保市で行われる「第74回小柳賞佐世保シティロードレース」(令和8年1月開催)も受付〆切が迫っています。
 
言わずと知れた世界遺産の熊野古道に、旧海軍軍港として栄えた雰囲気を色濃く残す長崎県佐世保市・・・。出張を絡められる人も、そうでない人も、ウェアとシューズを旅行鞄に入れて、各地に赴いてみてはいかがでしょうか。
 
 
 
*1 ジョギング・ランニング実施率の推移(笹川スポーツ財団「スポーツライフに関する調査2022」より)
*2 参照『WWDJAPAN』vol.2396 2025年(令和7年)2月24日(月曜日)発行
 
(横須賀次郎)
(2025.11.5)
 
 

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