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観測史上最長期にわたった黒潮大蛇行

 
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未利用魚の一つ「ギマ」。著者撮影
「黒潮大蛇行、ついに終息か」との報が先月中旬から続いています。黒潮大蛇行とは、東シナ海を北上して九州と奄美大島の間から太平洋に入り、日本の南岸に沿って流れた後に千葉県房総半島沖で東に離れていく黒潮が、和歌山県紀伊半島沖で大きく南に蛇行(離岸)する現象のこと*1。これが起きると沿岸で海水温の変動(下がるべき時季に下がらない、上がるべき時季に上がらない)等が生じ、漁獲できる魚の種類が変わったり、貝類や海苔類の養殖に悪影響が出たりします。
 
特に今回の大蛇行は観測記録がある1965年以降最長期に及び、4月時点で7年9ヶ月も続いています。かつ、高知県足摺岬沖から蛇行が始まっており、各地の水産漁業関係者からはこの間、「獲りたい魚が獲れない」「本来の品質に育たないから売れない(海苔など)」といった声が相次いでいました。
 
消費者は「獲る魚を変えればいいんじゃ?」と呑気に考えますが、畜産業と違い、漁業は本質的にハンティングです。地域ごとに得意な魚種があり、蓄積伝承された技術・設備・組織があります。労働集約産業でありながら、地域とセットで成り立っている点では資本集約産業的でもあるわけです。
 
この資本――多分に民俗学的ニュアンスを込めて言うところの――は一朝一夕で醸成できません。だからこそ、各地で、各地が、時代ごとに工夫してそれぞれの漁業および魚食文化を守ってきたわけで、この時代ごとの工夫の中に、現在は「超速流通」「急速冷凍」が数えられるようです。
 
 

魚食文化復権の鍵――冷凍技術

 
先に後者の「急速冷凍」から見ると、鮮魚や調理済生鮮食品(刺身等)を凍らせる際に-1˚C~-5˚Cの「最大氷結晶生成温度帯」を短時間で通過させて品質低下を防ぐこの技術自体は、日本ではすでに1960年頃からありました。遠洋マグロが刺身で食べられるようになったのはこの技術のおかげです。
 
以降、急速冷凍の技術は高度経済成長を背景とした冷凍食品需要の拡大とともに進化を続け、今では“瞬間”冷凍の技術も、大規模冷凍倉庫事業所を中心に普及しています。一例がCAS(Cells Alive System)冷凍の技術です。
 
いかに急速冷凍といえども凍結は表面から内部に向け時間差をおいて進みますから、凍らせたい物の中心層にあった水分は、氷結現象の性質上、凍る前により温度が低い――水分子どうしが多く集まっている――周りの層に移動します。結果的に中心層がぱさぱさになりがちですが、CAS冷凍では、電子レンジの原理(水分子の振動)を応用して水分子を微振動させることで、凍結を起こさせないまま、中心層も含めた全体を凝固点(0℃)より低い温度まで冷やします。その状態(過冷却状態)で軽い衝撃を与えると全体がビシッ! と一気に凍結するので水分の移動を防ぐことができ、より自然な状態で冷凍させられます*2
 
また、冷凍倉庫事業所以外でも、生成温度帯通過時間の理想とされる「30分以内」をクリアする急速冷凍の技術・装置はかなり一般的になりました。「鮮度をどう維持するか」という魚介類物流特有の難題は今や技術的にはクリアされ、場面ごとの経済(費用対効果)の問題に変わっているのです。
 
 

市場外流通の広がり

 
そして時代ごとの工夫の前者、「超速流通」に関しては、従来の〔産地(生産者)→産地卸売市場(大卸・買受人)→消費地卸売市場(仲卸)→小売〕という流通形態が減り、市場外流通の割合が増えつつあります*3
 
市場外流通とは、生産者が卸業者あるいは卸売市場を通さず直接消費者とつながる方式のことです。増えたきっかけの一つはコロナでした。2020年当時、感染防止のための外食控えにより生産者在庫・流通在庫が行き場を失い、その救済目的でECプラットフォーム上にさまざまなサービスが登場。消費者が生産者あるいは産地の製造販売元から直接購入する「産直EC」が珍しくなくなりました。
 
筆者もそれらのサービスを使って産地の製造販売元から直接購入した一人です。当時、送料を入れても量当たり単価がだいぶ抑えられることに感動し、目当ての魚種と加工形態(加工済み・未調理)を登録して、仕事を終えた深夜にサービスにログインして情報をチェックするのが、一日の〆のひそかな楽しみでした。
 
 

未利用魚の商品価値向上の素地

 
筆者の場合、冷凍庫がすぐ満杯になるので習慣化するまでには至りませんでしたが、世帯人数が多くて大型の冷凍冷蔵庫があるご家庭であれば、産直ECを通じた購買習慣は大いに“あり”だと思います。そしてその際は、近年注目されている「未利用魚」が、食卓に上る魚介類の新たなカテゴリーになるのではないでしょうか。
 
未利用魚とは、網にかかって獲れたものの、魚体のサイズが小さかったりロットの関係から規格外とされたりで流通から弾かれてしまう魚のこと。また、十分大きくておいしくても、一般の知名度がないせいで大手流通網に載らない魚も、利用が産地内に留まることで価格が上がりにくいという意味で低利用魚あるいは未利用魚とされています。
 
従来であれば、これらの魚は養殖や畜産の飼料、あるいは農業肥料用に魚粉にされるか、港に着く前に洋上廃棄されるかでしたが、卸市場を通さないぶん物流の時間が短縮される「超速流通」と、鮮度の問題をなしにする「急速・瞬間冷凍」のおかげで、未利用魚・低利用魚が商品価値を高める素地が調いつつあります。
 
 

まずは生体に触れてみては

 
消費者の立場からは、これらの技術的・制度的革新の意義に期待しつつ、魚食文化そのものの再興に向け、もう一押し下支えをしたいところ。例えばそれは、全国各地の魚の嗜好や食文化を知り、味わうことであり、未知の魚種やその調理法を学ぶことであり、生きた魚に触れて「魚とは何か」を感じることであり、産地との心理的距離が近まることで漁業全般への興味関心を深めつつ、それらを通じて新しい時代の魚食文化を創発することだと思います。
 
そのように考えると、筆者の経験からはやはり、釣りの実践を奨励します。豆アジを釣って干物づくりを知り、小サバやカタクチイワシ、ネンブツダイを釣って出汁の地域性を味わい、エソやアイゴが釣れて見た目の悪さと食べた味は魚の場合まったく無関係なことに開眼し、磯焼けの問題(アイゴ等南洋系の草食魚が日本沿岸の藻場を食い枯らす問題)から海洋温暖化および生態系への影響について考え、黒潮大蛇行というものが続いていたと学ぶ。
 
例えば農業というものを知る最初のきっかけは、幼稚園・保育園時代の芋ほり体験からだと思います。漁業および魚食文化への理解を深めるきっかけとして、いかがでしょう、この夏は“魚のハンティング”に出かけてみては?
 
 
*1 7年9か月続いた黒潮大蛇行が終息する兆し(気象庁 令和7年5月9日)
*2 おいしさをそのまま凍らせる技術 —CAS冷凍—(TDK TECH-MAGテクノ雑学 第109回)
*3 令和5年度水産白書 第1部第2章(8)水産物の流通・加工の動向より。なお、本稿は紙幅の都合から流通スピードにのみ焦点を当てた関係で卸売市場に分が悪い筆致になっていますが、卸売市場も重要な役割を持っていることを注意喚起しておきます。令和4年度水産白書第1部第2章(7)のイ 水産物卸売市場の役割と課題 を参照のこと。
 
(ライター 横須賀次郎)
(2025.6.4)
 
 

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