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睡眠負債をポケモンで

 
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厚生労働省保険局「データヘルス・健康経営を推進するための
コラボヘルスガイドライン」より
睡眠ビジネスが活況である。厚生労働省の資料「平成29年国民健康・栄養調査報告」によれば、20~59歳のいわゆる現役世代のうち睡眠で充分に休養を取れていない人が27.5%もいる(4世代の平均)。国際的に見ても日本はOECD加盟国のなかで最も睡眠時間が少ない国であり、睡眠不足による経済的損失は1380億ドル、GDP比で2.92%にもなる。これは先進国のなかで最も高い数値だそうだ。
 
2017年に「睡眠負債」が流行語大賞の候補になって以来、日本全体が睡眠不足および睡眠の質の低下を自覚するようになった。睡眠をビジネスにつなげる切り口として現在期待されている動きに「スリープテック」がある。パナソニックは今年4月、寝具メーカー老舗の西川と組んで東京・原宿にショールーム「&Panasonic(アンドパナソニック)」を開設。眠りに最適な光、音、温湿度、それらのタイミングなどを自動制御する“理想の寝室”として、寝具以外にIoT 関連産業などとも連携してオープンイノベーションで睡眠ビジネスを模索していく構えを見せた。
 
同じく家電の世界大手フィリップスは先月末、睡眠用ウェアラブルヘッドバンド「SmartSleep(スマートスリープ) ディープスリープ ヘッドバンド」の日本販売を開始。「ヘッドバンド内のセンサーで睡眠の状態を測定→深い睡眠に入ると耳元に柔らかいオーディオトーンを流す→睡眠時に現れる徐派(スローウェーブ)を活性化→深い睡眠の質を高める」という流れで日中の活力アップを狙う商品とのことで、メーカー希望小売価格4万2380円と高額ながら、割高感を打ち消すだけの睡眠改善ニーズが日本にあると見込んだのだろう。
 
また、医療・介護用ベッド大手のパラマウントベッドが3月に新ブランド「アクティブスリープ」で一般用ベッド市場に本格参入したのも象徴的だ。来春にはポケモン社が、睡眠をエンタメするアプリ『Pokémon Sleep(ポケモンスリープ)』のリリースを控えている。これらは睡眠ビジネスの可能性を示唆する動きと言えるのではないか。
 
 

健康経営とパワーナップ

 
「スリープテック」をBtoCの睡眠ビジネスのキーワードとするならば、BtoBの睡眠ビジネスは「健康経営」がキーワードだ。経済産業省は健康経営を次のように定義する。
 
「従業員の健康保持・増進の取組が、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること。」(経済産業省商務情報政策局資料「健康経営の推進に向けた取組」p2)
 
定義は「企業が経営理念に基づき、従業員の健康保持・増進に取り組むことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や組織としての価値向上へ繋がることが期待される」と続く。この発想には「Power Nap(パワーナップ)」も含まれるだろう。
 
パワーナップはアメリカの社会心理学者ジェームス・マースが提唱し、グーグル、アップル、マイクロソフトなどが導入して知られるようになった施策で、Napは昼寝、つまりパワーナップは“攻めの昼寝”のことである。日本でも昼食後に昼休みの残り時間を居眠りに当てる人はいるが、あれをもっと積極的戦略的にやろうというわけだ。NASAによる実験で昼の26分の仮眠は認知能力を34%、注意力を54%上昇させることが実証されたとあっては、明日からでも大手をふって居眠りをかましたくなる。
 
 

プレゼンティーイズムとアブセンティーイズム

 
ただ実際は、コトはそんな“攻め”のニュアンスでもなさそうである。健康経営が注目される背景には、もっと切実な問題として「presenteeism(プレゼンティーイズム)」があるらしいのだ。
 
プレゼンティーイズムとは人事労務管理の概念で「日々の相対的生産性損失」のこと。具体的には、出勤してはいるものの体調不良やメンタルの不調などが原因で従業員のパフォーマンスが落ちている状態を指す。
 
これまでは、「absenteeism(アブセンティーイズム)」――遅刻や欠勤、早退など、そもそも業務に就けていない状態――のほうが目立ってわかりやすいぶん、プレゼンティーイズムは陰に隠れていたが、近年はこちらの損失のほうが企業にとって大きいことが認識されつつある。平成29年の厚生労働省保険局資料「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」35ページの図16「健康関連総コスト」のグラフを見ると、なるほどこれ(総コストの77.9%)を解消できたらだいぶ違うだろうなと思わせられる。
 
プレゼンティーイズムが睡眠習慣とどうつながるかについては、先の経済産業省商務情報政策局資料の11、12ページがわかりやすい。それによると、欠勤による損失(=アブセンティーイズム)は睡眠休養に関するリスクとはさほど相関しないが、日々の生産性損失(=プレゼンティーイズム)は強い相関がある。主観的健康感やストレスなどの心理的リスクとではさらに強い相関がある。「従業員にちゃんと眠ってもらうこと」は、業績を上げたい企業にとって重要なポイントであるようだ。
 
 

潜在市場はどこにあるか

 
ところで、厚労省保険局資料「データヘルス・健康経営を推進するためのコラボヘルスガイドライン」(リンク先PDF)からは、睡眠ビジネスに関するおもしろいヒントが見て取れる。第5章の107ページ以降「業態別の傾向」に、建設業をはじめとする全26業態についてそれぞれの業態の労働者の生活習慣が全業態平均と比較して示されており、レーダーチャートの五角形のうちひとつの角が睡眠習慣になっているのだ。
 
しかもチャートは男女別だから、これを見れば、例えば「印刷・同関連業の男性は睡眠で休養がとれていない=睡眠ビジネスの需要が多い」といったアタリが付けられる。ちなみに本稿冒頭の画像は食料品・たばこ製造業の男性のレーダーチャートだが、赤線(その業態の平均)の睡眠習慣の項目が青線(全業態平均)より外に大きく飛び出しており、睡眠で充分休養がとれていない様子がうかがえる。
 
107ページ冒頭に「年齢調整等を行っていませんので、参考値としてご覧ください」と断りがあるが、傾向を知るうえでは充分だろう。以下、平均との差が20ポイント以上ある(=1目盛り以上内か外にある)業態の労働者を抽出する。睡眠ビジネスに関心のある方の参考になれば幸いである。
 
○建設業の女性は――睡眠ビジネスの市場としては(以下同様)――期待薄
○食料品・たばこ製造業は男女とも期待大。ともに全業態中最大
○繊維製品製造業は男女とも期待薄
○印刷・同関連業は男女とも期待大
○金属工業の女性は期待大
○金融業・保険業の女性は期待大
○電気・ガス・熱供給・水道業は男女とも期待薄。特に男性はほとんどない
○宿泊業・飲食サービス業の男性は期待大
○医療・福祉の女性は期待薄
○教育・学習支援業の女性は期待大
○複合サービス業の男性は期待薄
 
最後に一点だけ注意喚起を。これらはビジネスの市場として期待できるだけで、初めから全業態の全労働者がどうなっているのが理想であるかについては、忘れずにいよう。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2019.12.4)
 
 
 

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