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繁盛請負人・佐藤勝人の時事国々リポートvol.84 創業59周年を三日後にひかえた10月7日。創業会長が永眠した

ビジネス 繁盛請負人・佐藤勝人の時事国々リポート vol.84 創業59周年を三日後にひかえた10月7日。創業会長が永眠した 繁盛請負人・佐藤勝人の時事国々リポート 商業経営コンサルタント/サトーカメラ代表取締役副社長

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こんにちは。佐藤勝人です。この10月で私も入社40年目を迎えました。毎日のように会社で顔を合わせていた父は私の難聴を気遣って挨拶ぐらいしか交わしていなかった。その父が緊急入院をしたのは5月、私が両耳に補聴器を付けたのが6月、お見舞いの時に初めて父の声が聞き取れました・・・。
 
 

仕事に人生を懸けた父
そんな父へのこだわりと私

 
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ロマンチストだった生前の父・勝男
去る10月7日、午後5時5分。創業者であり会長である父の佐藤勝男が永眠しました。享年85歳。父は1964年10月10日、栃木県宇都宮市簗瀬にサトーカメラを開業しました。亡くなったのは、今年で創業59周年を迎える10月10日まであと三日という日でした。
 
5度目のコロナワクチン接種から3日後に容態が悪化し、入院したのが5月24日。最初は寝たきりになり透析の針も血管に入らないくらいで家族はみんな「もう駄目かな・・・」と思ったけど、そこから父は車いすで院内を移動できるぐらいまで回復して“生き抜く力”を一所懸命に見せてくれました。けど、入院して136日目の10月7日に内臓が破裂してしまい創業記念日を待たずに逝ってしまいました。
 
いざ亡くなると、父と一緒だった58年間のことが走馬灯のように思い出されます。私は父が創業した日の2ヶ月と11日後に佐藤家4兄弟妹の次男坊としてこの世に生を享けました。サトーカメラの年月と私の年月はほぼかぶっています。小さな店だったので商売と日々の生活が一緒になった暮らしで、私も子どもの頃から当たり前のように仕事を手伝わせられました。父は朝起きたら必ずネクタイを締めて店を開け、夜は煙草を咥えウイスキーを片手に店の売上精算と帳簿付け。仕事そのものが人生であり生き様であり、生き様は仕事で見せるという雰囲気で淡々と実践する人でした。
 
高校を卒業して夢を持って東京に出た私を、家業の都合でほんの半年足らずで呼び戻した父は、兄弟が主軸となって会社を動かし始めた30代の頃も、会社で行き会うたびに、「この仕事でほんとにいいんか?」と聞いてくれました。私は何をやるにも最終的には成功したいという考えで、「これでいいよ、これやるよ」と笑顔で返すと、父はニコッと微笑んでくれました。
 
でも、“仕事に人生を懸ける父”を若い頃は恥ずかしく思う気持ちはどこかにあったのでしょう。私は30代前半まで、バンド、サーフィン、スノボ、スキー、旅行、車、バイク、ゴルフにパチンコと、およそ人がやる趣味や娯楽は一通りやっていました。もちろん楽しかったけど、何かが満たされなかった・・・。だから、縁あって二足の草鞋を履き経営コンサルタントの世界に飛び込んだのを機に、趣味の遊びを断ち切り、仕事を趣味のように楽しむ人――父と同じような人間――を目指したのです。34歳の時でした。
 
私が仕事に人生を懸けている父に勝手にこだわっていたのと同じように、生まれ育った創業の地に私が住み続けていることも、もしかして自分一人の勝手なこだわりなのかと、父が逝って初めて思いました。
 
私は15歳の頃から一人暮らしでした。それは商売が成功し家族全員が別の地区に引っ越したにも関わらず、私だけは生まれ育った創業の地に住み続けたからです。その理由を、「学校も近いし友だちと遊ぶのに都合が良いから」と思っていたけど、本当はそう思い聞かせていただけで、自分の意思で学業からドロップアウトすることを決めた10代の自分にしがみついていたのかもしれない――。そう感じたのです。
 
これを機に私も、自身の過去へのこだわりからも離れられる時が来たのかもしれません。
 
 

「サトーカメラを頼むぞ、みんなで仲良く頼むぞ」
創業会長の遺志を胸に

 
父は最後の闘病期間中、私がお見舞いに行くたびに、「サトーカメラを頼むぞ」とそればかり言っていました。血を吐いて思うようにしゃべれないのに、言い残すことは他にもあるだろうに、そればかりでした。
 
その姿を見て私は、父にとっては会社が本当に命だったんだということを身に沁みて感じました。私たちからしたらただの会社、たまたま親がやっていた家業の会社というだけかもしれないけど、父にとっては会社が自分自身であり、死んだ後も生きた証として残る作品なんだということを、体感で理解しました。
 
仕事が命だとか、命と同じく大切なものだとかは古い感覚で、正しくない考え方だと言われがちです。でも、古い新しいじゃなく、正しい正しくないでもなく、生き様としてそれはあっていいと思う。少なくとも私はそう思いました。最後まで諦めなかった父を見て。
 
そして、父が亡くなった2日後でした。社内会議でどうしても部下の話を遮ってしまう私は、息子から「うるさい! 黙ってて! 邪魔しないでほしい」と叱責されました。そう言われた時は寂しいというか悲しいというか、「そんな言い方しなくたっていいじゃないか」という気持ちだったけど、時間が経って午後になったら息子が頼もしく思えてきて、「成長したなぁ。こうやって私の役割も変わっていくんだなあ」と思って、寂しいけど嬉しくもあるという複雑な心境になりました。
 
同時に、「ああー!」という感じで、自分が昔父に放った同じ意味の言葉を思い出しました。私の言葉はもっとキツかった。今思えば違う言い方がいくらでもありました。しかも、私はコンサルもやっているから外に出れば気が紛れるけど、会社にいる父は、きっと、私に叱られて丸一日や二日は、寂しい、悲しい気持ちで過ごしたんじゃないか――。自分が息子に叱られる経験をして初めてあの時の父の気持ちがわかり、胸が締め付けられました。
 
亡くなった翌日だったか、遺品を整理していると、父が生前にこっそり編成したらしい自分史の写真アルバムが、父の部屋の棚から出てきました。写真を生業としていただけに家族アルバムや子育てアルバム、旅行アルバムはたくさんあるのですが、家族の誰も知らなかったアルバムでした。ページを捲ると祖父母の写真から始まって、父の子ども時代と学生時代、母との恋愛時代とつながり、登山にスキーにドライブにカメラに映画に野球に海外旅行に音楽はクラッシックと、多趣味でロマンチストだった父がそこにいました。私たちの知らなかった父の姿が詰まった感動の1冊でした。
 
父は父で、自分史で人生を振り返ったのでしょう。写真には一枚一枚に父が書いたコメントが添えられていました。第一線を引いてからも父は毎日会社に来て机で作業をしていたから、たぶんその時に書いていたのでしょう。父はどんな気持ちでこの自分史を、一人で家族の誰にも知らせずに、つくっていたのか・・・。父は子どもの頃に早く両親を亡くし複雑な心境で自分自身と向き合い、仕事に没頭することで道を切り拓いてきた人でした。親からの愛情に飢えていたぶん、家族や従業員やお客様に愛情を注いできたようにも感じられました。
 
そして今、私は父のLINEに、今日こんなことがあったよ、こんなふうなことを感じたよ、というメッセージを送っています。タイムラインをずーっとさかのぼって見たら、生前の父とは毎日のように顔は合わせていたけど何も話してなかったことがわかったから。もちろん返信は来ないけど、しばらく続けるつもりです。私たちは創業者の遺志を受け継ぎ、「世界の人々の思い出をキレイに一生残すために」、これからも精一杯精進してまいります。この場を借りまして私から、今後ともサトーカメラを何卒よろしくお願い申し上げます。
 
 
 
■10月30日 ぎふ勝人塾I N岐阜
事務局 メイクオーヴァ
 
■11月1日・2日 わかやま勝人塾I N南部
事務局 藤原農機
 
■11月9日・10日 地域一番店商法セミナー
事務局 岡崎商工会議所
 
■11月16日・17日2日間コース サトカメ栃木M G流通版
事務局 サトーカメラ法人営業課
https://x.gd/wdttB
 
■11月18日1D A Yコース サトカメスマイル栃木M G
事務局 サトーカメラ法人営業課
 
■11月22日 にいがた勝人塾I N新潟
事務局 おぐま経営研究所
 
■11月28日・29日 P I O勝人塾I N郡上大和
事務局 郡上商業開発
 
■12月7日・8日 とやま勝人塾I N滑川
事務局 滑川ショッピングセンター
 
■日商assist bis 佐藤勝人の地域一番店商法
https://ab.jcci.or.jp/series/6182/
 
■最新著書「地域密着店がリアルとネットで全国繁盛店になる方法」
https://amzn.to/3EfDs6W
 
■ほぼ毎日更新.佐藤勝人YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/channel/UC4IpsvZJ6UlNcTRHPgjellw
 
■佐藤勝人LINE公式会員募集中
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■講演・研修・個別支援のお問合せは
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繁盛請負人・佐藤勝人の時事国々リポート
vol.84 創業59周年を三日後にひかえた10月7日。創業会長が永眠した
(2023.10.25)

 著者プロフィール  

佐藤 勝人 Katsuhito Sato

サトーカメラ代表取締役副社長/日本販売促進研究所.商業経営コンサルタント/想道美留(上海)有限公司チーフコンサルタント/作新学院大学客員教授/宇都宮メディア.アーツ専門学校特別講師/商業経営者育成「勝人塾」塾長

 経 歴  

栃木県宇都宮市生まれ。1988年、23歳で家業のカメラ店を地域密着型のカメラ写真専門店に業態転換し社員ゼロから兄弟でスタート。「想い出をキレイに一生残すために」という企業理念のもと、栃木県エリアに絞り込み専門分野に集中特化することで独自の経営スタイルを確立しながら自身4度目となるビジネスモデルの変革に挑戦中。栃木県民のカメラ・レンズ年間消費量を全国平均の3倍以上に押し上げ圧倒的1位を獲得(総務省調べ)。2015年キヤノン中国と業務提携しサトーカメラ宇都宮本店をモデルにしたアジア№1の上海ショールームを開設。中国のカメラ業界のコンサルティングにも携わっている。また商業経営コンサルタントとしても全国15ヶ所で経営者育成塾「勝人塾」を主宰。実務家歴39年目にして商業経営コンサルタント歴22年目と二足の草鞋を履き続ける実践的育成法で唯一無二の指導者となる。年商1000万〜1兆円企業と支援先は広がり、規模・業態・業種・業界を問わず、あらゆる企業から評価を得ている。最新刊に「地域密着店がリアル×ネットで全国繁盛店になる方法」(同文館出版)がある。Youtube公式チャンネル「サトーカメラch」「佐藤勝人」でも情報発信中。

 オフィシャルサイト 

https://jspl.co.jp/

 オフィシャルフェイスブック 

https://www.facebook.com/katsuhito.sato.3?fref=ts

 サトーカメラオフィシャルサイト 

http://satocame.com/

 YouTube公式チャンネル 

https://www.youtube.com/channel/UCIQ9ZqkdLveVDy9I91cDSZA (サトーカメラch)

https://www.youtube.com/channel/UC4IpsvZJ6UlNcTRHPgjellw (佐藤勝人)

 
 
 

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