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東京都北区十条駅から徒歩5分の場所にある十條湯は、「喫茶深海」が併設されている、珍しい銭湯だ。十條湯で番頭をしている湊研雄氏は、株式会社ゆとなみ社の出向社員として、秀でたアイデアとプロデュース力を発揮し、十條湯の運営を支えている。銭湯、そして日本の文化を残すという使命を胸に突き進む湊氏に、銭湯に住み込みで働いてきた経緯や現在の取り組み、思い、そして今後の展望をうかがった。
 
 

多くの銭湯が廃業していく現場を目の当たりに

 
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――十條湯で番頭をされている湊研雄さん。今年で30歳とお若いながらも、これまでに数々の銭湯に携わってこられたとお聞きしています。昔から銭湯がお好きだったのですか?
 
幼い頃は銭湯に行く習慣はあまりなかったです。19歳で上京した際に風呂なしアパートに住み、近所の銭湯に通うようになってからさまざまな銭湯を巡り始めたんです。当時の東京には700件ほど銭湯があって、そのうちの300件くらいを回りました。その中で多くの銭湯が廃業していく現場も目の当たりにしましてね。印象深いのは、ある銭湯の女将さんの「下駄屋さんは靴屋さんに潰されて、着物屋は洋服屋さんに潰されて、銭湯はスーパー銭湯とフィットネスジムと介護施設に潰される」という言葉です。確かに、時代の流れとして見ればそう言えるかもしれません。でも、繁盛している銭湯も見てきたので、その言葉に納得できない部分もあったんです。それで、廃業予定の銭湯に経営を任せてほしいと掛け合ってみたんですが、門前払いでした。それなら一度、スタッフとして働いて、経験を積んでみようと思ったんです。
 
――最初はどちらに勤められたのですか?
 
上野にある寿湯で、アルバイトを経て準社員として働いていました。東京屈指の大繁盛店で、寿湯での経験は本当に良い勉強になりましたね。例えば、私が浴場掃除をする横で、社長が桶でお湯を汲んで、お客様が1日に消費するお湯の量を計算する業務を行っていたんです。理由を聞くと、新築の銭湯を建てる際に、貯水タンクの必要な容量がわかるからだと。そこまでやる銭湯はなかなかないと思いました。
 
――他の銭湯でも働かれたのですか?
 
はい。いろいろな場所を経験したいと、当初から寿湯では1年だけ働くと決めていまして。ちょうど1年が経つ頃、銭湯を紹介するWebメディアの「東京銭湯」で、埼玉県川口市の老舗銭湯、喜楽湯で若者が銭湯を営む計画があると誘われました。それで、後に喜楽湯の経営を引き継ぐことになる中橋悠祐さんとタッグを組み、そこで4年勤め、お客様も増えてきたタイミングで辞めまして。その後、銭湯をお客として巡るうちに十條湯に出会ったんです。
 
 

株式会社ゆとなみ社の出向社員として十條湯の経営に参画

 
女湯・魚群のタイル絵
女湯・魚群のタイル絵
男湯・2羽の鳥と太陽のタイル絵
男湯・二羽の鳥と太陽のタイル絵
――湊さんは以前、十條湯さんに居候をされていたそうですね。
 
社長夫妻とお話しした際に「体調が優れず経営が難しい」という話を聞き、手伝うので居候させてほしいと申し出たんです。それで銭湯の裏の住居スペースに住んで手伝いながら、他の銭湯の物件探しも進めていました。というのも、私の兄・三次郎が経営する全国の銭湯継業を手がける株式会社ゆとなみ社の出向社員として、東京で継業する銭湯を探していたんです。でもそんな中で目の前の十條湯を見過ごすわけにはいかないという思いが大きくなりまして。出向社員として迎えてほしいと、正式に十條湯の経営に参画させてもらったんです。
 
――湊さんが十條湯に加わって一番大きく変えられた部分はなんでしょう。
 
サウナと喫茶スペースです。十條湯には、サウナ利用者専用の中2階休憩スペースがあり、女湯のほうにはインフィニティチェアを置くなど、もともとあった設備の強みを生かすことに注力しました。喫茶スペースの改装には資金が必要で、クラウドファンディングにも挑戦しまして。ありがたいことに第一目標金額だった300万円に3日で達し、最終的に524万円が集まりました。この挑戦は資金を集める以外にも、十條湯のことを多くの方に知っていただくきっかけにつながりましたね。
 
――改装された喫茶の内装には深海がイメージされた青い壁紙やレトロなタイルが貼られていたり、こだわりの置物や花瓶が置かれていたりして素敵です! 
 
ありがとうございます。店内の置物にもこだわっていて、閉店する喫茶店から引き継いだ椅子をリメイクしたものを置いたり、アンティークな小物を飾ったりと、日々進化させていますよ。喫茶深海には、もともと知り合いで、以前から「将来銭湯で喫茶店をしたい」と話をしていたれいなさんをスカウトし、専属スタッフを任せています。一人では激務なので、最近ではアルバイトも雇いました。おかげさまで、来客数が増えていることを実感しています。
 
――湊さんのアイデアとプロデュース力で施設の強みが生かされ、来客数にも反映されているように思います。客層はいかがでしょう。
 
女湯に設置されたインフィニティチェア
女湯に設置されたインフィニティチェア
若い方にも来ていただくため、SNSにも力を入れていまして。Instagramでは喫茶深海の一押しメニューの写真や動画を発信してもらい、Twitterでは銭湯の空き具合などをツイートしています。また、私個人ではYouTubeでも活動していますよ。どれも事務的ではなく、十條湯の魅力が伝わるよう意識しています。また、実感としては若い人が番頭に立つと、同じ年齢層の方が来ると感じていますね。
 
――確かに番頭さんが若い方だと、なんとなく同年代の利用者さんも親近感が湧くかもしれませんね。
 
その「なんとなく」にいろんなヒントがあると思っていて、人が無意識に感じる部分を大切にしています。その甲斐もあって、最初は喫茶のみの利用で来た若いお客様がお風呂も入っていってくれるなど、喫茶が銭湯利用のきっかっけにつながる瞬間も多くて、嬉しい限りです。
 
 

強烈なエゴがある人こそ、大切な文化を残してきた

 
喫茶深海のみの利用も可能
喫茶深海のみの利用も可能
――湊さんが思う、銭湯の魅力とはなんでしょう。
 
シンプルに気持ち良いところと、客層に街の色が出る部分ですね。例えば銀座に行けば板前さんやクラブのママさんがいる。目黒に行けばアパレルのお兄さんがいて、中央線沿いの銭湯だと、ライブ終わりに革ジャンの人が音楽の話をしています(笑)。他県の銭湯に出向くとその土地の方言が飛び交っていますしね。
 
――そんな個性豊かな銭湯を残していくことに、どんな意義を感じていらっしゃいますか?
 
日本の文化を残すというところに意義を感じています。銭湯は、多くのお宅にお風呂が普及している現代、人によってはなくても困らないもの。でもあったほうが、街の魅力や価値を上げます。銭湯がなくなることは、大げさに言うと、日本から寿司がなくなるようなものだと思うんです。銭湯文化を残したいという思いは、突き詰めるとエゴかもしれません。でも、強烈なエゴがある人こそ、大切な文化を残してきたのではないかとも思っています。
 
――便利なものばかりが推奨され、日本の古き良き文化や粋な精神が失われつつある現代において、大切な文化を守っていきたいという強い意志が伝わってきます。ぜひ今後の目標をお聞かせください。
 
十條湯の業績を引き続き伸ばしていき、この街の一つのシンボルになれればと思います。そして、それぞれの街から銭湯がなくならないように十條湯以外の銭湯も引き継ぎたいです。日本が日本らしくありつづけられるためにも、次の世代の方にもどんどん参入していってほしいですね!
 
――湊さんのような行動力と情熱のある人が増えれば、銭湯業界はこの先も存続できると思いました。これからも、その秀でたプロデュース力で銭湯文化を次世代につなげてください。心から応援しています!
 
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十條湯の番頭・株式会社ゆとなみ社出向社員 湊研雄氏
 
 
(取材:2021年12月)
 
 
十條湯
■住所
〒114-0031 東京都北区十条仲原1-14-2
 
■アクセス
埼京線十条駅下車、十条銀座商店街のアーケードを通って徒歩5分
 
■営業時間
平日・土曜日:15:00~23:00
日曜日:8:00~12:00/15:00~23:00 
定休日:金曜日
 
復活する銭湯
vol.3十條湯・喫茶深海の廃業危機を救った手腕
(2022.1.26)

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