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世の中にあまり知られていない、ニッチな仕事を紹介するコーナー。vol.5は一般社団法人癒しの環境研究会が認定する「笑い療法士」の資格所有者で、東京医科歯科大学医局員で歯科医師でもある安藤麻里子さんにお話を聞きました。嚥下障害の患者に対して訪問診療を行っている安藤さんは、笑い療法士の資格を活用してどのように患者をサポートしているのか。献身的な対応で患者の気持ちを前向きに、笑顔にする取り組みを紹介します。
 
 

笑い療法士とは

 
一般社団法人癒しの環境研究会の認定資格。同団体の笑い療法士認定評価委員会の審査に合格し、養成講習・研修を受けて合格すると認定される。資格保有者は、笑いで患者の自己治癒力を高め、病気の予防をサポート。患者を“笑わせるのではなく、笑いをひきだす”人材になるために、医療・福祉関係者・教育者のほか、患者の家族などが資格を保有するケースが多い。
 
 

父親の入院をきっかけに歯学の道へ

 
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安藤麻里子さん
安藤さんが歯科医師を目指したきっかけは、高校生の時に父が病気で入院をしたことだった。入院中の父親はベッドの上で食事をするのも困難な状況で、「ベッドの角度を変えるとか、食べやすい量に形を小さくするなど、いろいろと工夫が必要でした。しかも、父には虫歯があったのに、入院中の病院には歯科がなかったため、治療ができなかったんです」。高校生の安藤さんは、苦労して食事をする父親の姿を見て、「歯科医師になれば、入院中や自宅療養中の方の虫歯を治療してあげられる。そして何よりも、患者さんが快適に食事をできるようにサポートする仕事をしたい」と考え、大学の歯学部への進学を決めた。
 
現在の安藤さんは、東京医科歯科大学病院で摂食嚥下リハビリテーション科に所属し、摂食・嚥下に関する研究をするほか、嚥下障害の患者に対して訪問診療を行っている。「食べ物を飲み込むための嚥下機能が低下すると、食事にも不自由してしまいます。また、体外から消化管内に通したチューブを用いて流動食を投与する経管栄養をしている方には、少しでも自分の口で食事をしたいと希望する方もいるんです。そうした患者さんのところへ訪問し、嚥下機能を評価したうえで、嚥下訓練や食事指導をしています」。
 
食事を通じて、患者のQOL(クオリティオブライフ)の向上を目指していくのが安藤さんの仕事。患者たちは病気で苦しんでいるため、心が暗くなっている人も多い。そのため、単に訪問して診察、食事の指導やサポートをするのではなく、患者に心を開いてもらうための、コミュニケーションが大事になる。「少しでも患者さんに明るい気分に、笑顔になってもらうためにはどうすればいいのかを日々考えて、患者さんごとに接し方を工夫しています」。
 
 

相手から笑いを引き出し、コミュニケーションを円滑に

 
療養中の食事は寝たきりの患者にとって、唯一の楽しみと言っても過言ではない。患者に笑顔になってもらうために試行錯誤を続けていた安藤さんは2019年頃、一般社団法人癒しの環境研究会の認定資格、笑い療法士の存在を知る。きっかけは、自身が師事する戸原玄(とはら はるか)教授が、同団体の会議で講演依頼を受け、安藤さんもアシスタントとして会議に参加したことだった。
 
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患者に寄り添う医療を提供
「長い会議でしたが、雰囲気がとてもよくて、寝ている人は誰もいないし、喋っている人に対して何らかのリアクションをみんながしていて、笑いも絶えないんです。私自身、患者さんと楽しく交流するために試行錯誤していたこともあって、資格取得のために勉強してみるのもいいかなと思いました」。
 
相手の笑いを引き出す、笑い療法士の資格取得で学んだことは、患者との日々の交流の中で活かされている。患者やその家族、そして、介護士や看護師ら医療関係者も含め、関わる人すべてと笑顔の絶えない円滑なコミュニケーションを取ることで、お互いに協力関係が生まれ、患者に対するケアの質も向上。明るい雰囲気をつくるように努めていると、誰もが前向きに患者と接するようになる。
 
「患者さんも自分の症状などを積極的に話してくれるようになるし、ご家族もそうです」。診察後、患者やその家族から「また来てくださいと言っていただくと嬉しい」と笑顔で話す安藤さん。患者一人ひとりに真摯に向き合い、事務的な対応をすることなく和やかな雰囲気になるよう振る舞うことが、患者だけでなく、それを取り巻く人々の意識を変えることにもつながっている。
 
 

医療行為以上の何かをもたらす

 
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嚥下訓練の様子
安藤さんがモットーにしているのは、「医療を通じて患者さんやご家族に、単なる医療行為以上の何かをもたらす」こと。師事する戸原教授からも「患者さんのために一生懸命考えて、自分にできることで何か、一肌脱ぎなさい。『普通の医療を超えろ』」と教えられた。その教えを実践するため、患者が歌うのが好きなら、一緒に歌うこともある。「患者さんが自然に笑顔になって、心が安らぐような瞬間を生み出してあげたい。そこに命を懸けています」。交流を通じて人間関係が深まり、信頼感をもたらすことが、一歩先の医療につながると信じているのだ。
  自分に害をおよぼすことがない安全な人間だ――と安心感を持ってもらうのが信頼関係の構築には必要で、それが成り立ってこそ、ホッとした笑いが生まれるというのが安藤さんの持論だ。「患者さんとのコミュニケーションがうまくいようになっているのを肌で感じられてくると、嬉しくなりますね」。
 
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嚥下内視鏡検査による評価
AIによる画像診断支援など、医療の技術は日々進歩している。もちろん、最適な治療のため医療機器の質が向上していくのは望ましいことだ。「声を出せなかった人が機械を利用して発声できるようになるなど、機器のサポートによって患者さんが喜んでくれるのはとてもいいことですし、そうした技術が向上するのは歓迎です。でも医療って、最後の最後はやっぱり人と人とのつながりなので、相手に対してどれだけ思いやりを持って交流できるかが大事です」と安藤さんは強調する。
 
患者が安心できる医療環境を醸成することで、安心感を与える。その安心感が症状の回復の一助になるだろうことは想像に難くない。安藤さんは、筆談を勉強するなど、自身のコミュニケーション能力向上に邁進している。「筆談ができるようになれば、四肢麻痺の患者さんら、意思表示が困難な方々とも深いところまでコミュニケーションができるかもしれないですからね」。患者のために一肌脱ぐことを惜しまず、笑顔の絶えない医療環境をつくりだす、安藤さんの挑戦は続く。

 
※本文内の掲載画像はすべて、安藤さんご本人の提供
 
 
ニッチなお仕事 
vol.5 笑い療法士って何? 生きる力を引き出す
東京医科歯科大学医局員 歯科医師 安藤麻里子さん
(2022.12.14)

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