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感染しないための受診控え

 
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tokinoun / PIXTA
LINEが医療従事者向けポータルサイト運営のエムスリーと組んだ合弁会社のLINEヘルスケアが、年の瀬の先月17日、オンライン診療サービス「LINEドクター」の提供を始めた。医療機関の検索、予約、ビデオ通話による診察、診療代の決済をLINE上で完結できるという。まずは都内の一部医療機関から始まるようだが、月間アクティブユーザー数が8400万人で人口の66%、うち毎日使っているユーザーが85%で*1日本人の56%がLINEなしでは暮れない生活をしていることを考えれば、オンライン診療全体にこれから与えるインパクトは大きいだろう。
 
オンライン診療サービスは他にも、元医師が創業したMICIN(マイシン)社の「curon(クロン)」が2016年4月から始まっており、導入した医療機関はすでに4500施設以上にのぼる。今年5月にはコロナ禍の影響で新規ユーザー数が1月比10倍まで増えたそうだ。影響とはつまり、感染予防のため患者が病院に来なくなる「受診控え」である。
 
 

政府の方針と医師会の「待った」

 
オンライン診療はもともと、それまでの「電話等再診」とは別に2018年4月から、一部の疾患に対して条件を満たす場合に保険診療が認められていた。
 
それが、昨年春以降は来院を避けたいがため必要な医療を受けられていない患者が多数想定されたため、首相の諮問機関である規制改革推進会議の旗振りで、特例かつ期限付きで全面解禁に踏み切った。そして10月末、首相の意向を受け田村厚生労働大臣が時限措置恒久化の方針を明言。オンライン診療の(事実上の)解禁に向けて一気に動き始めた。
 
これに異議を申し立てたのが医師会だ。医師会の主張はさまざまなメディアでさまざまに報道され、もはや一般の市民には正確なニュアンスがわからなくなっている。なので、本稿執筆時点*2で最新の、かつ公式声明という意味で「日医on-line」の11月20日記事*3と記事内リンク先資料(10月28日付)を参照すると、要点は二つ。「医療訴訟につながる恐れ」と、「新患はあくまで対面診療で」だ。
 
報道の多くは、医師会は申し立てで「かかりつけ医」をゴリ推ししていると批判するが、良い意味での素人――一般市民の大半がそうであるはずの――の目にはそちらは脇で、核心は「新患は~」のほうにあるように読める。声明資料2ページ目に「受診歴のある広い意味でのかかりつけの患者に対しては~医師の判断により」云々とあり、オンライン初診の可否を個々の医師の判断に委ねているからだ。
 
一度でも受診歴があれば広義のかかりつけ医に該当し、オンライン初診――ここで言う「初診」は今までも月替わりの受診時は保険証を持ってくるよう言われていたあれ――の可否はその医師の判断でよいのであれば、引っ越した土地で初めて病院を探すようなときを除けば、患者側からは実質これまでと同じである。単に科を問わずオンライン受診ができるようになるだけだ。
 
そのように整理すると、医師会の声明は政府への牽制というよりも、要点の一つめ「医療訴訟」が増えた際の、「現場代表の組織としては懸念を表明していた」という言質として意味を持ちそうに思える。だとすれば、現場の医師たちを守るという会の役割に照らして異議を申し立てるのは理解できると同時に、医師保険先進国のアメリカから「医療訴訟に備えましょう」とまたぞろ外資の保険会社がやってきて狩場にされるようなことのないよう、政府と厚生労働省はそっちへの備えをやってくれたほうがありがたい気がする。
 
 

オンライン診療は普及する

 
ともあれオンライン診療だ。各報道や調査資料を見ると、医師会の見解はそれとして、現場の医師たちは手探りでオンライン診療の可能性を模索し、それぞれ工夫しながら必要な医療を市民に届けようと取り組んでいる。これは政府が「時限の恒久化」と「解禁」を混同したままなし崩し的にオンライン診療を広めようとしているのとは関係ない話だ。だからこそ患者側も、現場の医師たちの矜持と職業的使命感を信頼し、オンラインと対面を使い分けながら納得して診療してもらっているのだろう。
 
以上の事情を総合すれば、今年はオンライン診療が普及する。今年は5Gも本格的にからむからなおさら普及する。さらに言えば、本邦初の治療用アプリ「CureApp SC(キュア・アップエスシー)」が昨年8月に薬事承認を取得し、12月1日から保険適用で販売が始まった。つまり治療用アプリの市場の素地ができるのも今年だ。同アプリの開発販売元であるCureApp社は先んじて昨年10月、治療用アプリの処方プラットフォーム「App Prescription Service(アップ プリスクリプションサービス)」(APS)をローンチ*4。医療機関への提供を始めている。「今後はさらに広い意味で医療機関のデジタル技術の活用を支援するプラットフォームとなることを目指す」(宮田尚COO)とのことで、オンライン診療もこの文脈で伸びていくことは想像に難くない。
 
 

過剰な期待は禁物

 
とはいえ、オンライン診療がベストであると言う気はさらさらない。あくまで来院・通院が患者にとって不便だったり負担だったり、高リスクだったりする場合(コロナ禍の現状はこれ)のセカンドベストだ。
 
逆に、「オンライン診療サイコー!」などと盛り上がる風潮になってきたらそれこそ牽制すべきだろう。一つには、医術は限られた視覚情報と機械再生音声と問診結果だけで診療できるほど簡単なのか、という問題と、そしてもう一つは、「医者にかかる」行為の敷居が下がる結果、医療費が増えて医療保険財政を圧迫しかねないという問題があるからだ。
 
後者の文脈からはデジタルセラピューティクス(DTx)が要請されるだろう。それも治療用アプリのように保険適用のものではなく、ヘルスケア領域が注目されるはずだ。自宅で体を動かすデジタルフィットネスやマインドフルネスやヨガはコロナ禍で伸びたサービスの一つである。あるいは、検査機関に唾液サンプルを送って遺伝子検査で将来の疾患リスクを評価してもらうようなサービスも期待が高まるに違いない。つまり、予防医療の範疇である。
 
ただし、予防医療なら全てが医療費抑制をもたらすというわけではない。最新の医療政策・医療経済学の知見では医療費抑制効果がある予防医療は2割にとどまる*5。このあたり、医療の質に関してをはじめとして、さまざまな調査・研究がもっと必要なのだろう。
 
さらに言えば、それらの研究の成果はゆがめることなく一国の医療政策の設計に活かす、という信念が必要だ。「一国」がどこの国を指すか、「信念」がどの人たちに問われているかは、蛇足だから言わないことにする。
 
 
 
*1 「LINE Business Guide」(2020年7〜12月期版 v2.0)
*2 執筆は12月22日
*3 「オンライン診療に関する日本医師会の考え方を説明」(2020年11月20日)
*4 PR TIMES「株式会社CureAppのプレスリリース一覧」ページ各記事
*5 『世界一わかりやすい「医療政策」の教科書』(津川友介著・医学書院・2020年6月)p180~184
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.1.6)
   

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