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攻めの安近短

 
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京王井の頭線明大前駅1番線ホーム内の
無人販売所にある食品自販機の一つ。
700円~1400円の商品が並ぶ。著者撮影
博報堂生活総合研究所が毎年発表するヒット予想ランキングは、今年2023年のキーワードを【攻めの安近短】とした。それぞれ、安は安価・安心、近は近場・身近にあるもの、短は短時間・手軽に情報や成果を得やすいものの意味だ。
 
【攻めの】と形容が付いたのは、コロナ禍再燃の懸念が消えない中でも「安くて安心で近場のものからで良いからもっと享受したい」という欲求が、やや抽象化して言えば「消費者として〈世界〉と関わる感覚を取り戻したい」という切実かつ本能的な欲求が、調査から浮かび上がったのに違いない。今年ヒットすると思う商品やサービスで「国内旅行」が男女問わず成人の全世代で5位以内にランクインし、全体のトップに立ったのはその象徴だろう*1
 
この発表には昨2022年の「ヒット実感」ランキングも付いている。こちらはいわば実績だ。「国内旅行」の昨年実績は14位。そして15位を挟んで1.5ポイント差で「推し活消費」と同点17位に入ったのが、今回取り上げる「バラエティ自販機/無人販売所」だ。
 
 

電気さえあれば回せる可動式店舗

 
自販機と無人販売所はどう違うか。関西の自販機オペレーター会社のブログには、コロナ禍で売り上げが落ちた自販機に関し、「私たちは売上を待つのではなく、取りに行くという視点からも人流の先を読み新たに人が集まっている場所へ、自販機を移動させています。‥略‥競合が増えれば、他の場所へ。売り上げが下がれば、また他の場所を探す。そんなことが可能です」とある*2
 
“自動”の側面よりも“販売所”の側面を意識したこの捉え方は、一般の消費者が思う自販機の固定観念を覆させる。つまり自販機とは、たまたま人的対応か機械の自動対応かが違うだけの「可動式店舗」がその本質だということだ。「店舗は数千万かけてお店をつくり、人を雇わなければ回りません。そして、スタートしてダメだったら撤退するしかない。PiPPoNの店舗は設備を揃えて電気工事をやったぐらいですし、もし上手くいかなかったら自販機を移設したり商品を変えたりと別の活用方法を考えることもできます」とは、“自販機のセレクトショップ”を標榜して注目されるPiPPoNの内藤大輔オーナーの言である*3
 
 

自販機のランニングコストは

 
PiPPoNは台数を並べて“面陳”の圧と品揃えの妙を前面に押し出しているが、展開・撤退の迅速さと電気さえあれば出店できる機動力に加えて、ミニマムな売り上げで極小商圏を狙える規模感の小ささも、可動式店舗の本質を支える要素だろう。
 
その規模感とは具体的にどれぐらいか。無人決済店舗ビジネスのTOUCH TO GO(TTG)社の試算では、飲料自販機の場合で平均日販2000円から3000円*4。間をとって2500円で×30日すると月75000円だが、機械の減価償却費や商品仕入代、保守管理等運営費を除く純粋なランニングコストは電気代だけだと仮定すれば、飲料自販機の電気代は月平均2000円で済む。冷凍食品自販機の場合も月7000円程度だ*5
 
例えば飲食店が冷凍自販機で自店のメニューを売り出す場合、自販機の他に急速冷凍機が要るし、真空包装機も必須だろう。それらの費用も含めればもちろん月7000円では済まないが、それでも人を雇う人件費を顧慮すれば比較にならない。
 
そもそも、基本的に営業時間内の売り切りを考えなくていい冷凍食品はスタッフの販売力の価値が相対的に薄れる。であれば、経営者の判断で「人件費は一切かけない」と割り切るのもありだ。こと冷凍食品に関しては、むしろ有人で売らなければならない環境(接客や決済要員)を残していることのほうがナンセンスとされるような世界線も、これからは想定されるのである。
 
 

食品衛生法の改正と食品自販機

 
このことを証すかのように、過去10年間自販機が減り続ける中で、近年食品自販機だけが増えている。2020年が7万台、2021年7万2800台、2022年7万7700台。前年比伸び率は2021年104%、2022年はその106.7%だから、普及が加速している状況だ*6
 
直接の要因は2021年1月末にサンデン・リテールシステムが発売した「ど冷えもん」と、同年2月に富士電機が発売した「FROZEN STATION」の、両冷凍自販機のヒットだろう。――が、Japan Business News社発行のJNEWS LETTERによればその前、2018年の食品衛生法改正に布石があったようだ。
 
食衛法では従来、食品販売店は必ず食品衛生責任者を選任し店に常駐させなければならないと規定されていたが、法改正により、常駐していなくても食品の衛生管理が損なわれないことを確認できれば法的要件を満たす解釈へと変わってきた。
 
具体的には厚生労働省が発布した「HACCPに沿った衛生管理の制度化に関するQ&A」だ。その問28を見ると、「無人店舗や調理機能を有する自動販売機の場合、食品衛生責任者はどのようにして衛生管理にあたればよいですか」とのQに対し、Aは「食品衛生責任者が無人店舗又は自動販売機を巡回するなどにより衛生管理に当たることが可能です」となっている。同レターは「この規制緩和を根拠として、今後は無人コンビニや調理機能付き自販機の開発が活況になっていくことが予測される」と見立てている*7
 
 

日本人の自販機愛

 
それにしても日本あるいは日本人における自販機の存在感は凄まじいものがある。今回記事を書くうえで参照したどの記事どのサイトも、純粋に自販機という機械を愛する気持ちが端々に見え隠れし、その熱量にしばしば圧倒された。世の中には「エアコンの室外機オタク」「橋脚オタク」といった推しのジャンルがあるが、誰に顧みられずとも黙々と風雪に耐えて頑張る姿全般にキュンとする心性が、本邦民族には備わっているのか。
 
そう思って執筆を進めるうち、過去に自分が書いた記事の紹介文を思い出したので引用しよう。2018年6月の民泊新法施行に伴い5月に寄稿した拙稿の、個人Facebookに投稿したお知らせの一節である*8
 
「(民泊ビジネスに関して)家主不在型のほうも、特に日本人がやるのには合ってるのかも、と考えています。/‥略‥実際にライブで交流するのでなくても、むしろその時・その場所に自分が居合わせないことによって、自分の分身である宿を通じて「どうだったかなぁ、満足してもらえてたら嬉しいなぁ」と間接的にワクワクするほうを好むというのは、あると思いますし、それは日本人らしい奥床しさであり、「間(ま)の文化」に通じる態度かもしれないな、と。」
 
「自分の分身」が今回で言うところの自販機だ。日本自動販売協会(JAMA)が会員企業に行った調査の結果を読む限り、フルオペレーション方式(商品補充等管理全てを設置業者が行う)の自販機運営には最早限界を感じるが*9、オーナーが自ら商品企画~補充等管理まで行う方式は夢がある。
 
冷凍食品に限らず、「バラエティ自販機/無人販売所」が今年は売る側にとっても【攻めの安近短】になるよう願う。
 
 
 
*1 生活者が選ぶ“2023年ヒット予想”&“2022年ヒット実感”ランキング(博報堂広報室News Release 2022/10/26)
*2 話題の冷凍自動販売機「ど冷えもん」とはいかに?飲料自販機とは違う?(近畿自販の公式ブログ 2022年8月2日)
*3 最近、街で見かける“変わり種”自販機、ぶっちゃけ上手くいってるの?オーナーに聞いた。(はたわらワイド 2022年12月13日)
*4 飲料自販機ビジネスの最前線で何が起きているのか(Impress Watch 2022年12月16日)
*5 自動販売機の気になる電気代(消費電力)は?(近畿自販の公式ブログ 2021年12月28日)
*6 「自動販売機普及台数 2022年(令和4年)版」(日本自動販売システム機械工業会 2023年4月)
  新規参入ぞくぞく“自販機大国ニッポン”(NHK 2022年5月27日)
*7 JNEWS LETTER 2021.10.10(JNEWS.com
*8 Facebook(個人投稿 2018年6月3日)
*9 「自販機オペレーターのお仕事」ページ内「自販機業界調査結果」より会員調査結果レポート〈分析〉(2020年12月18日)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2023.6.7)
 
 

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