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現金店頭払いと「日済し金」

 
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mounel / PIXTA
冒頭から私事で恐縮だが、水道光熱費や社会保険料などの公共料金は現金で払う派である。自動引落しにはしていない。毎月ポストに投函される請求書をコンビニに持っていき、店頭で支払う。レジのパネルに表示された「OK」ボタンを押してお金を渡すとポンポンポンと日付入りの受付スタンプを店員が押してくれる、あの感覚が好きである。
 
損得でいえば、一括で前納できるものは前納して料金を減額し、それも口座振替ではなくクレジットカード払いにしてポイントを狙うべきだろうが、そうしない。理由をふりかえって、以前にジャーナリストの須田慎一郎氏の本で読んだ、飲食店店主の「日済し金」の話を思い出した。
 
その店主は毎日店をしまうと、売上金の中から一定額の紙幣を、レジカウンターの天板の下に貼り付けた茶封筒に入れておく。利息の返済なのである。それを回収する係のお婆さんがいて、店主が居ても居なくても毎日決まった時間に店に来て、茶封筒からお金を取って帰っていく。早く弁済すればいいじゃないか、とか、もっと利息の安い借り方にしたら、とか勧めても、店主は取り合わず「いいんだよこれで」と笑うばかり。その様子は単に習慣を変えたくないというより、貸し手と借り手とのあいだにいわく言いがたい結びつきがあるかのようだった――という話である。
 
現金店頭払いへの筆者の愛好も、この飲食店店主と同じだろうか。「いいんだよこれで」と笑って済まさずもっともらしい理由をつけるぶん、店主より卑しい気はするのだが。
 
 
BOPビジネスの「小袋戦略」に学ぶ
 
FinanceにTechnologyをかけた「フィンテック」が知らないうちに身近になり、さまざまなサービスが現れている。『日経ビジネス』2018年5月7日号の特集では、改正貸金業法成立前の2005年から2016年にかけて消費者金融の貸付残高が14兆円減ったグラフとともに、「メルカリ」「CASH」などの現金化サービス、「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」「polca(ポルカ)」などのクラウドファンディング、また給料前払いの「Payme(ペイミー)」といった一連のフィンテックが取り上げられた。業法の改正は消費者の保護が目的だったが、実は返済能力のある借り手も一緒に遠ざけてしまい、個人消費が落ち込んだ。そこに上記のようなサービスが現れ、「貧テック」として小口少額資金のニーズをまかないつつある、という趣旨だった。
 
「ファイナンス」の語感からは融資としての貸し付け・借り受けと中古品販売による資金調達とを区別しない点にじゃっかんの違和感はあるが、ITによって決済や送金のコストが劇的に下がったおかげでこれらのサービスが生まれたことは記事の書くとおりだ。そのうえで、貧テックを含むフィンテックを「グロス経済からネット経済への移行」という文脈で捉え直すことはできないだろうか。
 
一橋大学経済研究所の有本寛准教授は、『経済セミナー』2018年8・9月号の特集「いま知りたい開発経済学」で、BOP(Base of the Economic Pyramid)市場を攻略する鍵は「買えるように売る」ことだとし、例えばシャンプーをホテルのアメニティぐらいの少量パックに小分けして一袋2円で売る「小袋戦略」をあげる。
 
しかし家電のような耐久財は小分けできないから、商品を渡しつつ支払いを小分けにする。この発想からは、「メルカリ」や「CASH」など、中古品販売による資金調達はいわば減価償却の残りぶんを一括で前取りして資金に変える手法であり、物理的な小分けを時間的な小分けに応用した――小分けにしたうえでまとめた――ものと解釈できる。
 
では、小分けを価格ポートフォリオに応用すればどうなるか。物理的でも時間的でもなく、いわば価値的に小分けし、それぞれで扱うのだ。扱いコストの割に設定できる価格が安いせいで従来は込み込み(グロス)で売るしかなかった価値が、Techによって扱いコストが下がったおかげで個別(ネット)の値を持てるようになった。現在成功しているITベンチャーのうち相当数は、マネタイズのモデルはさまざまに違っても、要はそれらの価値をなんらかの手法で小分けしてグロスから切り出し、財として扱えるようにした点に共通の成功の鍵があるのではないかと思われる。
 
この理解から言えるのは、Techを応用して価値のマイクロトレーサリングとマイクロトレーディングを整備し、グロスの中のネットを拾い集めること(=マイニング)に、フィンテックで勝つためのヒントがありそうだということである。
 
 

「一回性の原則」をどう評価するか

 
ただし、これらの貧テックに共通する「一回性の原則」については、評価が分かれるだろう。「メルカリ」「CASH」のような現金化サービスが使えるのは、買い切りなので当然のことながら、1アイテムにつき1回限り。アイテムが出尽くしたら終了である。「メルカリ」のほうは利用者が転売を繰り返せばシェア経済に発展していきそうだが、推奨されていない。クラウドファンディングも、同じ人がさほどチャレンジングでもないことをするたびに他人から資金を集めていると、さすがにどうかと思われるだろう。
 
そしてよく考えると、先に「ファイナンス」の語感に照らして感じたこれらの貧テックへの違和感は、この「一回性の原則」が原因だったようだ。
 
また、同じ理由から、現代の消費者金融も、初回客には誰でも30日間無利息で貸し付けるなどという、融資の正道にもとるようなサービスを始めるべきではなかった。それで集客しておいて返済し忘れの遅延損害金を狙うのであれば、ただのタチの悪いフリーミアム戦略と変わらないからだ。
 
 

トレーサリングとコミットメント

 
そう考えてくると、『日経ビジネス』の同じ記事にあるグローバルモビリティサービス(GMS)の3輪タクシー用オートバイ購入ローンのようなサービスのほうが、本来の「貧テックとしてのフィンテック」なのかもしれない。ちなみに『経済セミナー』の記事の39ページで有本准教授が「東南アジアでは、日本企業がローンでバイクを売っている」と書いているのも、このサービスのことだと思われる。
 
このサービスを可能にしているのは各車に付けられたMCCSという通信制御ユニット。タクシーの運行ログデータを与信情報として活用し、適切な介入――金融用語でいうコミットメント――をすることで、貸し倒し率は驚異の0.9%にとどまる。従来型ローンの20分の1である。金利も従来型ローンより5ポイント程度安く、頭金なしでの購入もできるようになった。まさに、マイクロトレーサリングによって「まじめに働く意志」という価値を切り出し、財として扱った例と言えるだろう。
 
トレーサリングとコミットメント。見守り、そして介入。貸し付け時の与信審査とならんで、この2つで価値を生みだすところにこそ、金融業の矜持があったはずである。冒頭の「日済し金」の2人のあいだにあるいわく言いがたい結びつきは、もはやどちらがどちらを見守るというのですらないようだが。
 
(ライター 筒井秀礼)
 
(2018.10.3)
 
 

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