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激動の時代の記憶を今に伝える
緑を感じられる憩いの場
荻外荘公園

◆地域の声で蘇った荻外荘

 
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荻窪会談の出席者をもてなした食堂
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螺鈿家具と、龍の文様をあしらった敷瓦が印象的な応接室。
敷瓦は、一部残されていた創建当時のものを手がかりに復原された
東京都杉並区荻窪にある「荻外荘公園」は、近衞文麿の旧宅「荻外荘」を復原し、屋敷林や芝生広場などを整備した区立公園です。荻外荘は、戦前の政治史に関わる重要な会談の舞台であると同時に、建築家・伊東忠太が設計した邸宅として、建築の面でも多くの見どころがあります。
 
荻外荘は1927年、大正天皇の侍医頭を務めた内科医・入澤達吉の別邸として建てられました。1937年、首相に就任した近衞文麿は、東京近郊に心身を休められる住まいを求め、入澤から邸宅を譲り受けました。休養の場として選ばれた住まいは、やがて政治活動の舞台にもなり、1940年の「荻窪会談」をはじめ、政策や日本の針路に関わる重要な会談が開かれました。
 
近衞の死後も近衞家の住まいとして受け継がれたものの、1960年には、玄関、応接室、客間などが豊島区へ移築されました。保存に向けた動きが始まったのは、近衞文麿の次男・通隆氏が亡くなった2012年です。建物や周囲の緑が失われることを懸念した地元 10町会が、杉並区に保存を求める要望書を提出しました。
 
地域の声を受け、杉並区は2014年に荻窪の土地と建物を取得。2018年には、豊島区へ移築されていた部分も取得します。その後、復原に向けて部材の位置や状態を詳しく記録したうえで、移築部分を解体。使用可能な古材をできる限り再利用しながら、荻窪の地で組み直しました。復原方針の検討から設計、工事まで、約10年にわたる取り組みを経て、2024年12月に荻外荘公園として一般公開が始まりました。
 
 

◆当時の暮らしを伝える復原

 
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「荻窪会談」の舞台となった客間。
会談の様子を再現したARも体験できる
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近衞家で「とのさまのへや」と呼ばれていた書斎。
戦犯容疑で出頭を命じられた近衞文麿は、1945年12月16日早朝、
この部屋で自決しているのが見つかった
復原で大切にされたのは、建物の形を戻すことだけではありません。当時の暮らしや政治会談の場を身近に感じられるよう、残された図面や、古写真をはじめとする資料、有識者の助言などをもとに、内装や家具、調度品も往時の姿へ近づけています。
 
客間では、古写真のカラー化分析などをもとに、壁紙やじゅうたんの色と文様が推定されました。家具や、壁にかけられていたエビとカメの壁飾りなども専門的な検証を重ねながら復原されています。
 
客間は入澤邸時代の姿を大きく変えずに使われた一方、書斎は近衞が首相を退いた後の1943年頃、洋室から和室へ改修されました。異なる時代の姿が一つの建物に残り、荻外荘が住まいとして変化してきた過程を伝えています。
 
建物に施された意匠も見どころです。中国風にまとめられた応接室には、龍の文様を表した敷瓦が配され、天井には上海出身の書画家・王一亭が描いた4枚の龍の天井画が貼られています。広縁のガラス戸に施された特徴的な意匠や、部屋を少しずつずらして配置した雁行形の間取りにも注目です。
 
 

◆歴史と緑に触れ、思考を整える

 
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幾何学的な模様を施したガラス戸が印象的な広縁。
当時は、庭の先に富士山を望むこともできたという
荻外荘公園の見どころは建物だけではありません。庭には、近衞文麿が暮らしていた時代から残る樹木があり、古写真などを参考に、当時の景観を段階的に再現する整備が進められています。心身を休める住まいとして荻外荘を選んだ近衞は、この庭を好んで散策していたといいます。季節ごとに表情を変える木々の様子を眺めながらゆったりとした時間を過ごせることも、荻外荘公園を訪れる楽しみの一つです。
 
道路を挟んだ東側には、隈研吾建築都市設計事務所の設計による展示棟が2025年7月にオープンしました。館内では、荻外荘や荻窪の歴史・文化を紹介しているほか、カフェやショップも利用できます。芝生広場では子どもたちが遊ぶ姿も見られ、歴史に触れる場であると同時に、地域の人々が気軽に集い、憩える場所にもなっています。
 
荻外荘の復原整備には、2025年3月末までに約5200万円の支援が寄せられました。現在も、屋根や柱などの部材や復原家具の修理、庭の緑の更新などに役立てるため、寄附が募られています。地域の声をきっかけに蘇った荻外荘を守り、次の世代へ受け継ぐための活動は、開園後も続いています。
 
歴史をたどる。建築の細部を眺める。緑の中でひと息つく。目的や気分に応じて、思い思いに過ごせることも、この公園の魅力です。1940年の荻窪会談が開かれた客間の前に立てば、近衞をはじめ、ここに集った人々が日本の行く末について議論を重ねた姿に、思いを馳せることができるでしょう。
 
国の針路を左右する議論が交わされた場に身を置くことで、意思決定を担うことの重みを、時代を超えて感じられるかもしれません。組織の未来を見据え、日々決断を重ねる経営者やビジネスパーソンにとって、荻外荘公園で過ごすひとときは、自らの仕事の進め方や判断軸を静かに見つめ直す機会にもなるでしょう。
 
 
Pick Up!
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荻外荘の最初の住人・入澤達吉は、従来の日本家屋の鴨居を低いと考え、著書の中で、その高さを6尺以上にする必要があると述べていました。実際、客間の建具は高さ6尺3寸(約191cm)あり、その考えが荻外荘にも反映された可能性があります。また、広縁や廊下の照明は、1つだけ残されていた当時の照明器具をもとに復原されました。柔らかな光が、天井の高い空間を照らしています。
 
 
 
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荻外荘公園
【所在地】
〒167-0051
東京都杉並区荻窪2-43-36
【開園時間】9:00〜17:00(最終入園16:30)
【休園日】水曜日、年末年始(12/29~1/1)

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