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(2) 何のための苦学か?
 『福翁自伝』 の 「大阪の学生、江戸の学生」 の章で、「それゆえ緒方(洪庵)の学生が何年勉強してもどれほどエライ学者になっても、実際の仕事に全く縁がない。すなわち衣食に縁がない。縁がないから縁を求めるということにも思いつかない。」「では何の為に苦学をするかというと説明しずらいが、その心中は、貧乏をしても苦労をしても、着るものも食うものも粗末で、一見見る影もない貧乏学生でありながら、知力思想の活発で高尚なことは王侯貴族も見下すという気位だ。ただ難しければ面白い。苦中に楽あり、苦即楽、という境遇だったと思われる」 とあります。 
 新しいものへの好奇心、旺盛な知識吸収力、そして保有する知力思想の高尚さが、貴族をも見下す気位となり、お金や仕事は全く頭の中にないのです。これを裏付けるエピソードも紹介しています。
 
(3) 枕のない塾生
 「これまで蔵屋敷に一年ばかりいたが、いまだかって枕をしたことがない。、、、日が暮れたからといって寝ようとも思わず、しきりに本を読んでいる。、、、、、眠くなれば机の上に突っ伏して寝るか、あるいは床の間の床側を枕にして寝るかで、今まで布団を敷いて夜具をかけて枕をして寝るということは一度もない。」 同窓生もおおよそそんなもので、とにかく一日中勉強ばかりで、枕なんて必要なかったと書いています。
 いっぽう福澤諭吉は相当の大酒飲みだったらしく、酒のうえの失敗談は相当スペースを割いて書いています。当時の飲み代はどの位だったのでしょう?
 
(4) 居酒屋の飲み賃
 「大阪中で牛鍋を食わせる所は2軒だけ、刺青だらけの町のごろつきと緒方塾の学生ばかり、一人前150文ばかりで牛肉と酒と飯とで十分の飲食であった。」(前掲書88頁)
 丸田勲氏換算によると、1文は20円、150文だと3000円。まあ今でも立ち飲み酒場だとこれくらいの値段で飲めるんでしょう。とするとこの換算率に違和感は生じません。
 
(5)遊女の贋手紙
 『福翁自伝』 は諭吉65歳の時に書かれています。その後脳溢血を起こし明治34年(1901年)に68歳で死去しました。『福翁自伝』 は日本経済新聞朝刊に掲載されている 「私の履歴書」 の福澤諭吉版ですが、とにかく面白い。アメリカやヨーロッパに初めて行った時の驚きの感想やら失敗談。遊女の贋手紙のくだりもすごい。北の新地で遊んでばかりいる塾生に、新地には絶対行かないという証文を書かせ、集中講義をして勉学に復帰しているにも関わらず、馴染みの遊女からの恋文を諭吉自身が贋手紙を書いてまた新地通いに戻させたうえ、罰則規定取り消し役の贋仲介者を仕立てて酒を買わせて皆で飲み食いした話など、興味は尽きません。
 
(6)新政府に仕官しなかった理由
あれほど求められながら、なぜ新政府に仕官しなかったのか?このへんも、他人の噂話をも冷静に分析しながら、その理由を自ら語っています。「下戸は酒屋に入らず、上戸は餅屋に近づかない」 が結論だそうです。政治のことを軽く見て熱心でない自らを 「政治の下戸」 と称しています。「維新の際に幕府の門閥制度や鎖国主義が腹の底から嫌いだから幕府を支持する気がない。だからといって勤王家の行動を見れば、幕府に比べてお釣りの出るほど鎖国攘夷。もとよりこんな連中に加勢しようとは思いも寄らず、ただじっと中立独立と決めてている。」――福沢諭吉は明治新政府の表向きの開国への豹変ぶりと、内心の鎖国攘夷の差に不満を持ちながらも、結果的に政府の開国論が本物に変わっていくことに満足していたのです。
 
 


3、平成の学生の勉強方法とこれからの日本の教育

 
 江戸時代には複写機もなければ、インターネットという情報入手の手段も当然にありません。当時の学生は先進の書物を読む、または原書を謄写し、その後に翻訳し出版する。これしかありませんでした。この謄写の作業が学生のアルバイト代として生活の足しになった事実が 『福翁自伝』 等の書籍でよくわかります。そして原書の翻訳こそ、単価の高い割の良いアルバイトだったこともわかります。
 そういえば私の学生時代(昭和40年代前半)は、青焼きの複写機が登場したてでした。試験の時は、まじめな学生の講義ノートを親の会社の複写機を使って青焼きをし、小遣いをかせいだものでした。
 おっと横道にそれました。その謄写、複写作業の過程で、記載されていることの背景やら原理、関係するキーワードとの繋がり等々がインプットされていくはずです。したがって複写している 「作業の時間」 こそ重要なんだろうと考えます。だから他人の講義録をコピーしたところで、それを最初に作成した学生にかなうはずがありません。
 
 さて、今の学生はどのようにして勉強しているのでしょうか? 「知識を得る」 すなわち勉強をする過程で 「暗記をする」 という過程もあります。暗記力は記憶力が良いことの証左になります。理解力・応用力・決断力・統率力とは違いますが、一応暗記力が勝ると学校の成績も良くなり、良い学校にはいり、良い会社に入れたものです。
 昨今のインターネットの発達、それに伴うグーグル等の検索技術の発展、クラウドの世界、ニッチな分野の特化された情報さえも、知識としてなら、検索システムやツイッター、Facebook等から得られます。
 知識を得る前提の記憶力、暗記力がなくても、いわゆる通俗的表現を使うならば 「頭のよい人」 でなくても、情報検索力さえあれば、知識面ではだれにも見劣りすることはありません。最近の私も生活のもろもろの場面でわからないこと、困ったことがあれば、すぐにアイフォーンを取りだして解決します。京都駅で 『現代語訳 福翁自伝』 を購入した時に、隣の若い人が時刻表を買っているのを見て 「いまどき時刻表を書籍に頼る奇特な人もいるんだ!」 と思いました。それほどに今はあらゆる知識・情報は即座に入手できます。 
 今年の受験シーズンに、大学入試会場で携帯電話を使って回答を不正入手した事件がありました。この時思いました。「いまだに知識を求める試験を大学入学試験で行っているのは時代錯誤も甚だしいのではないか?」 と。今の時代には自分の頭の中の脳に知識を入れておく必要はないのではないか? 必要な知識は頭の外に保管し、必要な時に数秒で取りだせば良いはずだ! これからの人間形成に必要なのは、知識ではなく、理解力・応用力・創造力・決断力・実行力・統率力・コミュニケーション能力等々ではないのか?
 
 こんな思いを持ったのは、今はさぼりがちな自分のブログで 「クラウド革命--1コペルニクス→2ダーウィン→3フロイト→そして4インフォーグ革命」 という記事を書いていたからです。
 イギリスの哲学者ルチアーノ・フロリデイは、現在のクラウドコンピューティングを 「人間性の第四革命」 と位置づけています。この押し寄せている第四の波の中では、情報はサーバーの固まりの 「クラウド」 で共有され、人間の知的活動は 「創造」 のみに特化されるんだそうな。
 つまり知識とかの情報の多寡は何の価値もなく、創造活動だけが人間の知的活動に特化され、企業も、個人も生産性の飛躍的向上は当たり前で、新たな競争社会が到来すると言っています。そして彼曰く、コンピュータは人間を必要としていません。それどころか人間は本来、コンピュータの輪の中にいるべきではなく、この輪の中から潔く出て行こうとする人間の初めての試みが、クラウドコンピューティングだそうだ。
 コンピュータを利用していた人間が、コンピュータに利用され、振り回されている現状を嘆き、コンピュータの輪の中から出ていくべきだと言っています。

 
 このような時代の大変革の中で、我ら日本人が世界の中で取り残されないようにするには、教育はどうしたら良いのか? 大学の試験制度はどうすべきなのか、今一度原点に立ち返って考えてみたいものです。しかし私は 「教育の下戸」 ですので、福澤諭吉ではありませんが 「下戸は酒屋に入らず、上戸は餅屋に近づかない」 です。「防衛には素人だ」 といって世の中から非難されている最近の民主党の防衛大臣がいましたが、私の場合は 「教育の下戸」 だと公言しても非難されないでしょう。
 
 
 
 

 執筆者プロフィール 

渡辺俊之 Toshiyuki Watanabe

公認会計士・税理士

 経 歴 

早稲田大学商学部卒業後、監査法人に勤務。昭和50年に独立開業し、渡辺公認会計士事務所を設立。昭和59年に「優和公認会計士共同事務所」を設立発起し、平成6年、理事長に就任(その後、優和会計人グループとして発展し、現在70人が所属)。平成16年には、優和公認会計士共同事務所の仲間と共に「税理士法人優和」(事業所は全国5ヶ所)を設立し、理事長に就任。会計・税務業界の指導者的存在として知られている。東証1部、2部上場会社の社外監査役や地方公共団体の包括外部監査人なども歴任し、幅広く活躍している。主な編著書に『一般・公益 社団・財団法人の実務 ―法務・会計・税務―』(新日本法規出版)がある。

 オフィシャルホームページ 

http://www.watanabe-cpa.com/

 
 
 
 

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