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社会 伊東乾の「知の品格」 vol.13 抑止力の出どころ 「ヘイト」を笑う知の品格(2) 伊東乾の「知の品格」 作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

社会
 
 
前回、スペイン・フットボール界での「バナナ」差別に触れました。こうなると日本国内でのサッカー人種差別に触れないわけには行かないでしょう。
 
今年の3月8日、埼玉スタジアムで開かれたサッカーJ1浦和レッズ‐サガン鳥栖の試合で、観客席の入口ゲートに「JAPANESE ONLY(ジャパニーズ・オンリー)」と書かれた横断幕が掲げられているのが発見されました。
 
率直に言って、英語ができる人間が書いたものではないでしょう。何を言いたいのかさっぱり判りません。観客席の入り口に「**オンリー」と書かれるケースとしては、例えば、かつてアメリカや南アフリカなどで「White Only」白人のみ入場許可を意味する人種差別的な告知が長年出し続けられてきました。が、この横断幕が「外人の客」を排除する意図で出されたとは、とうてい思えません。
 
プレーする選手に対して、ということであれば、こんな変な場所に掲げるのは負け犬の遠吠えみたいなもので、ますますもって意味がない。
 
が、いずれにしてもこの横断幕が、なんらかの人種差別的な、かつ浅い了見で掲げられたものであるのは間違いないでしょう。誰が掲げたのかがわからない、というのも卑怯で小心な犯人の特徴をよく示しています。
 
 

処分されたのはチーム

 
「日本のサッカー界は人種差別的だ」などという風評が国際的に立ってしまったら、それこそ国として大変な損失を蒙るのは、前回のFIFA~スペインの例を見ても判るとおりでしょう。ワールドカップなどサッカーに限らず、オリンピック、スポーツの世界では、国際的な博愛がスポーツマンシップの基本中の基本、2020年の東京オリンピックも念頭にある中、こうしたネガティヴ・イメージは徹底払拭しておかねばならないでしょう。Jリーグがあいまいな態度に終始するなら、FIFAからなんらかの動きがあるに違いありません。
 
実際Jリーグ側の判断はすばやいものでした。犯人が特定されないサポーターの行った犯罪でしたが「浦和レッズ」自体が「無観客試合の開催」という重い制裁を受けることになります。今年1月に導入されたばかりの制度でしたが、結果的に3月23日の対清水エスパルス戦はJリーグ史上初となる「無観客試合」となってしまいました。
 
かつて日本フットボールリーグの試合が口蹄疫の蔓延防止などの理由で「無観客」で行われたことはあったようですが、レッズはJリーグ史上初の歴史的汚点をつけることになってしまいました。誰が悪いか・・・? おろかな行動を取ったサポーターに本来の責任があります。しかし、事態を的確に把握せず、横断幕を放置したレッズの管理責任が問われる形になった。この判断は実に妥当なものと思います。
 
世の中に横行する安手の「ヘイト」について、個人対個人の水掛け論のような形では、つくべき白黒もつかなくなってしまう。そういう無見識な行動が、例えばサッカーチームに汚点をなすりつけ、観客誰しもが試合を見ることができなくなり、チームは入場料収入が得られませんから試合はまるまる経営赤字、こんなことが度重なれば倒産してしまうわけで、サポーター側内部からの規律が生まれることを期待したいところです。
 
実際レッズが人種差別で処分を受けるのは初めてのことではなく、2010年には対ベガルタ仙台戦でのサポーターの差別悪口で制裁金500万円が課されたことがありました。
 
 

スタジアムの閉鎖も普通に

 
もしも読者が「たかが差別悪口くらいで500万円も」などと思うなら大間違いで、国際的にはこの種の問題はスタジアムの閉鎖に直結する大事件の扱いとなります。初回はスタンド一部の封鎖程度に留まっても、累犯となればサッカー場自体が閉鎖に追い込まれる。人種差別的な陽動の場に人が集会するということ、それ自体を禁止するという明確な姿勢です。無観客試合は「スタジアムの客席全面封鎖」という処分に相当するでしょう。
 
この観点は、現在見られるさまざまな「ヘイト」の問題に拡大適用すると、非常に有効であるように思います。ある場所で「ヘイト」の行動が起きた場合、それを放置した機関が軒並み閉鎖その他の処分を受ければ、連座制みたいな面が出てくる懸念がありますが、そうとう抑止力として功を奏しそうです。
 
例えば入国管理局前で人種差別的な行動を取る者が出たら、入管自体が徹底してこれを取り締まらないと入国管理業務自体に支障がきたす・・・そんなことあってはいけないことですが、それくらい徹底しなければ、羊たちの沈黙よろしく、俺ら関係ないもんね式のTacit Majority島国の黙せる大衆の意識が開かれることはないかもしれません。
 
これを徹底して準備しておく必要があるのは2020年のオリンピックでしょう。オリンピックに向けて人種差別罪の強化を、何かと規制や罰則の大好きな政権は検討するのが良いでしょう。こういう規制強化であれば、私は少なくとも大歓迎です。
 

(この項続く)

 
 
 
 
 伊東乾の「知の品格」
vol.13 抑止力の出どころ 「ヘイト」を笑う知の品格(2) 

  執筆者プロフィール  

伊東乾 Ken Ito

作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

  経 歴  

1965年東京生まれ。松村禎三、松平頼則、高橋悠治、L.バーンスタイン、P.ブーレーズらに師事。東京大学理学部物理学科卒 業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後 進の指導に当たる。西欧音楽の中心的課題に先端技術を駆使して取り組み、バイロイト祝祭劇場(ドイツ連邦共和国)テアトロコロン劇場(ア ルゼンチン共和国)などとのコラボレーション、国内では東大寺修二会(お水取り)のダイナミクス解明や真宗大谷派との雅楽法要創出などの 課題に取り組む。確固たる基礎に基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗っ た同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトな ど大きな反響を呼んでいる。新刊に『しなやかに心をつよくする音楽家の27の方法』(晶文社)他の著書に『知識・構造化ミッション』(日経 BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『指揮者の仕事術』(光文社新書)』など多数。

 
(2014.11.5)
 
 
 

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