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社会 伊東乾の「知の品格」 vol.12 バナナを齧り飛ばせ!「ヘイト」を笑う知の品格(1) 伊東乾の「知の品格」 作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

社会
 
 
今年の4月21日、スペイン・カタロニア州のバルセロナで起きた事件は「人種差別」を蹴散らす痛快な展開となり、ご記憶の方も居られるかと思います。
 
FCバルセロナに所属するブラジル代表ダニエウ・アウベス。アウベスは対バレンシア州のサッカーチーム・ビジャレアルとの対戦でコーナーキックを蹴るべくフィールドの角に向かうところでした。そこで一人の観客が、アウベスに対してバナナを投げつけた・・・バナナを投げるとは、相手を「サル」扱いする人種差別のアピールとして1970年代以降一般化した、下品の極みとして知られる行動の一つに他なりません。
 
 

バナナとキムチ

 
バナナを投げつけられたアウベスはどうしたか・・・? 褐色の肌を持つアウベスをスペインの観客は「サル」扱いしてバナナを投げつけた。仮にそこで怒ったり、取り乱したりしても、彼に多くの共感が寄せられることはなかったでしょう。アウベスの取った行動は、ユーモアと品格に満ちたものでした・・・投げつけられたバナナを一口齧り、そのあと何事も無かったかのようにプレーに戻った・・・この行動が全世界の賞賛を浴び、この人種差別行為は全世界の注目を集めます。
 
バナナを投げた若者は直ちにスペイン警察に逮捕されました。「人種差別罪」で有罪となれば3年以下の懲役に服さねばなりません。ビジャレアルはこの若者のスタジアムとサッカー関連施設への入場を無期限(生涯)停止、ファンクラブの会員資格も剥奪されました。
 
欧州でのサッカー場でバナナを投げつけるという行動は、その後生涯にわたってサッカー場に入場できなくなるどころか、刑事裁判で裁かれ長い懲役に服さねばならないほどの犯罪行為として欧州、というより、ことはフットボールですからアウベスの祖国ブラジルや中東も含め、国際社会の共通理解が徹底している、基本的な「常識」「品位」に他なりません。
 
人種差別は醜い犯罪、しかしそれに対して声を荒立てて怒鳴り返すのも醜い行動。そうではなく、バナナを一口食べ、笑顔でプレーに戻る、国際社会の広い共感を勝ち得る品格こそが、人の輪を広げてゆくと思います。
 
で、問題は日本、この島国にはこうしたグローバル社会の共通認識、品格というものがなかなか根付きません。私自身のフィールドでは、もう30年以上前のことですが、以下のような恥ずべき事件が発生したことがあります。
 
韓国を代表する世界的ヴァイオリニスト、チョン・キョンファ(鄭 京和)がNHK交響楽団に来演、ソリストとしてブラームスのヴァイオリン協奏曲を演奏する予定になっていたときのことだったと思います。
 
NHK交響楽団で責任ある地位にある人物が公式の場で「キムチ臭いブラームスは聞きたくない」といった内容の発言をし、あわや国際問題に発展しかけたことがありました。
 
 

笑顔の余裕と人種差別罪制定

 
チョン・キョンファは1948年ソウル生まれ、8歳からのスタートは決してヴァイオリニストとして早いほうではありませんが、直ちに頭角を現し12歳で米国留学、イヴァン・ガラミアンに師事して10代でレーヴェントリット国際コンクールに優勝します。ちなみにガラミアンはペルシャに生まれロシア帝国末期にモスクワで学んだ後フランス、米国で活躍したヴァイオリニストで、教授力に優れ、彼の門弟からはドロシー・ディレイ、イツァーク・パールマンなど「巨匠」と呼ばれる人物が何人も輩出しています。
 
このときも、やはりガラミアン門下同窓のピンカス・ズッカーマンと1位を分けあい、チョン、ズッカーマン、いずれも世界的ソリストとして永年活躍することになります。
 
が、即座にソリストとして売り出して枯渇することを恐れた周囲の勧めで、チョンはスイスに留学、ハンガリーの生んだ歴史的巨匠ヨーゼフ・シゲティの門を叩き、その秘蔵っ子として修楽を続けます。
 
彼女がNHK交響楽団に来演したのは30代の油ののり切った時期と思います。ガラミアン~シゲティというロシア~東欧の巨匠から強力な伝統を受け継いだ世界の新星を、音楽のイロハも何も知らない東京という片田舎の素人が「韓国出身」という情報だけで「キムチ臭いブラームス」などと発言してしまった・・・。
 
どれくらい恥ずかしい田舎ものぶりであるか、お分かりいただけるかと思います。
 
2010年代に入り、日本の世間は「ヘイト・スピーチ」まわりで変に騒がしいことがあります。これがどれくらいドン臭く、世界を知らない、品位も見識もない恥ずかしい行動であるか、多くを語るのは止め、私もバナナならず、新宿に焼肉とキムチを齧りに出かけようと思います。
 
日本はたぶん<10年以下の懲役>程度の量刑で「人種差別罪」を制定するのがよいでしょう。議員バッジを持つ者やら自治体首長やらが、のきなみ獄に繋がれるような恥を晒さないことを祈りつつ(笑)。
 

(この項続く)

 
 
 
 
 伊東乾の「知の品格」
vol.12 バナナを齧り飛ばせ!「ヘイト」を笑う知の品格(1) 

  執筆者プロフィール  

伊東乾 Ken Ito

作曲家・指揮者/ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督

  経 歴  

1965年東京生まれ。松村禎三、松平頼則、高橋悠治、L.バーンスタイン、P.ブーレーズらに師事。東京大学理学部物理学科卒 業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後 進の指導に当たる。西欧音楽の中心的課題に先端技術を駆使して取り組み、バイロイト祝祭劇場(ドイツ連邦共和国)テアトロコロン劇場(ア ルゼンチン共和国)などとのコラボレーション、国内では東大寺修二会(お水取り)のダイナミクス解明や真宗大谷派との雅楽法要創出などの 課題に取り組む。確固たる基礎に基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗っ た同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトな ど大きな反響を呼んでいる。新刊に『しなやかに心をつよくする音楽家の27の方法』(晶文社)他の著書に『知識・構造化ミッション』(日経 BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『指揮者の仕事術』(光文社新書)』など多数。

 
(2014.10.22)
 
 
 

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