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まったくの偶然ですが、昨年の3月も日経文庫の本を取り上げていたことに気付きました(vol.69『サブスクリプション経営』)。せっかくなので読み返して、気付いた共通点が1つ。ブームにのって煽るような書き方になっていない点は、今回の本も去年の本も共通だと思います。
 
著者は日経新聞証券部記者として山一證券の破たんや村上ファンドの敵対的TOBなどを取材し、現在は同社編集委員を務める小平龍四郎氏。『サブスクリプション経営』は外部のコンサル会社社員が著者でしたが本書の著者は身内です。それでも共通のスタンスが出てくるあたり、版元の――レーベルの?――特徴を感じます。
 
さてそれで、本書のテーマであるESG投資。やや流行り言葉にもなっているので説明は不要かもしれませんが、流行りで捉えられることが本書の一番不本意とするところだと思うので、拙評も語の説明から始めます。
 
ESGのEはEnvironment(環境)のE、SはSocial(社会)のS、GはGovernance(企業統治)のG。著者いわく、この3つのテーマに配慮する企業に優先的優遇的に投資することでハイリターンを期待できるとの知見が積み重なり、今やESG投資は最も旬な投資手法になっています。歴史的にはSRI(Socially Responsible Investment 社会的責任投資)、あるいはCSR(Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任)の延長上の考え方ですが、ESG投資がそれらと違う点は、国連の主導で全世界で進行中のSDGsを金融面から支えるツールとして一種のお墨付きを得ており、運用のための諸制度が整っていること。また、本丸であるSDGsがその前身であるMDGsの蓄積の上に成り立っており、企業としての倫理観や道義的責任に訴える手法の限界を踏まえた建付けになっていることです。
 
2006年に国連のアナン事務総長が初めて考え方を示し、ゴールドマンサックスとJPモルガンが目を付け、世界の金融市場に普及したESG投資。著者はその趨勢を見て、いずれ「当たり前すぎて、わざわざESGと言う必要がなくなる」と予想します。「当たり前になる」「完全に主流になる」との見立ては本書で繰り返し示されるESG投資への評価です。
 
ただ評者としては、一つの試金石を胸に持って本書を読み進めました。そしてその試金石――「これへの言及がどれだけあるか」――は、124ページで一回単語が出てきただけで、最後まで言及らしい言及はなく終わりました。その試金石とは「税」です。
 
これは多分に個人の思想傾向による不満かもしれませんが、ESG投資は企業(投資対象)の納税についてどうとらえ、どう動いているのか。この点について、もっと直接的な解説が欲しかった気がします。一回単語が出たその箇所――第3章「企業が変わる」124ページ6行目――は、ソニーグループの「サステナビリティ報告書」を例にとり、ESG投資においてマテリアリティ――自社のビジネスに重要な影響を与えそうな要素や出来事は何かというリスクの見極めのこと――がいかに大事かを解説します。ソニーの場合、「最も重要」「重要」の2段階に分けた19のマテリアリティ項目の「重要」のほうに「情報セキュリティ」などと並んで「税務戦略」が入っているとのことで、評者がその報告書(『サステナビリティレポート2020』)を確認して「税」で単語検索をかけたところ59ヶ所ありました。
 
最後は炭素税についてのまさに戦略なので、納税規範としての税務に言及したのは58ヶ所です。もちろん内容は、ソニーの行動規範が「事業活動を行う各国・地域で適用される税法や関連規則および国際税務に関する一般的に認められたルールやガイダンスを遵守することがソニーの基本方針であることを定めて」いることや、「納税者としての責任を踏まえた適切な税務運営を行っています」(p30)といった、ごく常識的なものでしたが、グローバル企業の国をまたいだ租税回避スキームのえげつなさを見たことがある評者としては*1、ソニーがそうだというのではなく、ESG投資関連の各基準や採用されている原則が投資対象の納税規範についてどんな監視力を、また逸脱についてはどんな抑止力を、発揮し得るのか、発揮すべきと考えているのかについて、もっと知りたかった。
 
この不満は第5章「ESGは進化する」以降で顕著になりました。198ページで著者は、投資の3要素を「リスク、リターン、そしてウェルビーイング(社会的な幸福)」とするオランダの資産運用会社CEOの言葉を引いて、「ウェルビーイングとインパクトはほぼ同義」とします。インパクトとは「環境や社会的な問題の解決を資金使途にして債権などの金融証券を発行し、それに投資する「インパクト投資」のこと」(p194)です。
 
このインパクト投資には非政府組織(NGO)や非営利組織(NPO)が、基準設定力や調査・評価機能の面で大きな影響力を持っているそうです。本当に環境問題などを重視して活動しているかどうかの調査や、児童労働によらずつくられた製品の認証制度の運営など。続く211ページには、ハーバード・ビジネス・スクール生の人気就職先が「昔ウォール街、今NGO」になっているという話も出てきます。
 
でも、これって「税」でできないでしょうか。見ようによっては、ESG投資に旨味を見出した企業や投資会社が、国家への納税を飛ばして非政府組織に投資してやりたいことだけやっているようにも見えます。5章の初めにマイクロソフトとAmazonとAppleが競うように気候変動対策ファンドを立ち上げて脱炭素を進めようとしている様子が描かれますが、電線を保守管理したり道路を舗装したり水道を整備したりして市民に「健康で文化的な最低限度の生活」*2を保障することで初めてその市民を商品のユーザーや消費者たらしめている行政機構に対しては、納税という投資をしないのでしょうか。
 
税法を遵守して納税しているかどうかを調査するNGOはあると思います。でも、彼らは徴税に当たるわけではない。また、例えば赤字路線でも住人がいる限り公営鉄道は走らせるべきですが、そういった「営利企業にはやれないが国家ならやるだろうこと、やるべきとされること」に、ESG投資のアセットオーナーがお金を出すかどうか。甚だ疑問です。となればそこはもう、その国で事業利益を出している企業が存分に納税して、行政(=実働部隊)がしっかり任に当たれるよう支援するしかないのではないでしょうか。
 
ESG投資は税についてどう捉えているかもっと知りたかったというのはそういうことです。とはいえこれは評者の個人的関心に属することで、カバー表2にある通り、ESG投資について知るための入門書としては、巻末の用語解説も含めて親切な良書でした。
 
 
*1 『パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』(渡邉哲也著・2016年・徳間書店)p70図
*2 日本国憲法第25条第1項より
 
 
 
(ライター 筒井秀礼)
『ESGはやわかり』
著者 小平龍四郎
日経文庫
2021年2月15日 1版1刷発行
ISBN 9784532114329
価格 本体900円
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(2021.3.10)
 
 
 

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