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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.8 寄付の力で夢を叶える方策 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第8回目は、寄付を集めて、自分の夢を叶える方策を考えたいと思います。
 
 

ノーベル賞受賞者がマラソンで寄付集め?

 
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寄付を募るマラソンを完走後、インタビューに応える山中伸弥教授
画像提供:京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥教授が、2012年3月11日に開催された京都マラソンに参加し、自身が完走することを「チャレンジ」として、自分が所長を務める京都大学iPS細胞研究所への寄付を募ったところ、1ヶ月で850人以上のサポーターから、1000万円以上の寄付が集まったそうです。
 
山中教授がマラソンで1000万円集めた「ファンドレイジング」の仕組みとは?
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20130107/1046743/
 
山中教授や研究所の同僚は、その後も、京都マラソンのみならず、大阪マラソン、神戸マラソンでも、インターネットを通じて寄付を募る「クラウド・ファンディング」を活用し、研究所への支援を訴えかけています。
 
余談ですが、京都マラソン挑戦の前日、山中教授は、私も参加していた京都のある財団の会議に出席されていました。午後に何時間も会議した後に、その他のメンバーは財団が用意してくれた中華料理屋に移動したのですが、山中教授だけは「今日はこれで失礼します。明日のマラソンのために特別のメニューの食事を摂らないといけないので・・・」と恐縮されながら帰られました。
 
ノーベル賞を取るだけでも凄いことなのに、研究所の資金を稼ぐためにマラソンを走る。ささやかな応援として、翌日のテレビ・ニュースで山中教授の完走を確認してから、私は財団の会議の薄謝を、クラウド・ファンディングを通じて寄付させていただきました。
 
 

寄付を増やすための行動経済学

 
もともと、欧米では、経済的に成功した個人が、自分の財産の一部を自分が有意義だと考える使途に対して、寄付という形で社会還元することは当たり前でした。ですから、大学の建物や教授職にも、寄付者の名前を冠してあります。
 
対して、日本では、個人と言うよりは、企業や団体が、「CSR(corporate social responsibility:企業の社会的責任)」として、利益の一部を寄付することが一般的でした。しかし、バブル崩壊の後、日本経済が元気を失うと、企業の寄付も頭打ちになっていきました。日本でも、夢を持つ人々が、クラウド・ファンディングのような仕組みを使って、篤志家から広く寄付を募ることが求められるかも知れません。
 
どうやったら、自分の夢のために寄付を集めることができるのか。そんな研究も、行動経済学の分野で真面目に行われています。
 
第一の寄付集めは、金銭的方策です。「マッチング」というやり方では、寄付者の寄付額の一定割合を、発起人が追加して寄付します。「シーズマネー」というやり方では、資金調達の開始時に、発起人が一定金額を寄付し、残りの金額を他の寄付者から募ります。いくつかの実証研究では、こうしたマッチングやシーズマネーが寄付の意欲を高めることに効果があることが明らかにされています。
 
第二の寄付集めは、非金銭的方策です。「社会的プレッシャー」を与えるやり方では、多額の寄付をした人の存在を通知したり、他人の平均寄付額を教えたりすることで寄付を増やす効果があるとされます。
 
私の研究グループも、「宇宙太陽光発電システム」という近未来の技術に対して、実際にクラウドを使った寄付集めのフィールド実験を行ってみました。その結果、マッチングを使ったグループでは、そうでないグループに対して、寄付金額は12%増えました。また、社会的プレッシャーを与えたグループでは、そうでないグループに対して、寄付金額は20%増えました。金銭・非金銭双方の工夫で寄付を増やすことが可能なのです。
 
 

お金がかえって善意を踏みにじることもある

 
しかし、マッチングやシーズマネーのような金銭的方策、社会的プレッシャーのような非金銭的方策を使うには、注意が必要です。もともと、寄付は、人間の誰かのために役立ちたいという善意の表れです。そうした善意を、心理学では「内発的動機」と呼びます。注意が必要だというのは、内発的動機に無理やり外部から訴えかけて、かえって内発的動機を損なう可能性があるのです。
 
このように、外からの強い刺激のために、内発的動機が低下し、寄付金が減少する現象を、経済学者のニーズィーやリストは、著作の中で、「クラウディング・アウト」と呼んでいます。寄付は、価格や報酬が思った通りの効果をもたらすとは限らない厄介な分野です。しかし、橋や道路のような「公共財」の提供、医療福祉のような「必需財」の提供にも、同じような原理があてはまるでしょう。
 
ウリ・ニーズィー、ジョン・A・リスト(著) 望月衛 (翻訳)『その問題、経済学で解決できます。』(2014年 東洋経済新報社)
http://amzn.asia/0yg0cwJ
 
経済学は、伝統的に、人間の利己的な合理性の下で成り立つ市場メカニズムの分析に多くの労力を割いてきました。しかし、それだけでは不十分です。人間の利他的な限定合理性を扱う公共部門の分析が必要とされています。寄付の行動経済学は、その嚆矢となるでしょう。
 
京大教授が“切る”現代経済
vol.8 寄付の力で夢を叶える方策

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

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(2017.10.04)
 

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