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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.5 paymoに透ける割り勘文化のその先 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第5回目は、割り勘に特化したスマホ決済の「paymo(ペイモ)」を取り上げ、その社会的背景とビジネス化を考えたいと思います。
 
 

割り勘で勝負する潔さ

 
「日本のキャッシュレス化を加速させる存在になりたい。」
 
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割り勘アプリの「paymo」。リンク先で使い方の動画が見られる
そんな意気込みで始まったのがAnyPay(エニーペイ)社のpaymoです。前回取り上げたLINEPay(ラインペイ)は気軽に送金・決済できるアプリでしたが、このペイモは日本人なら誰もが頭を悩ませる飲食後の割り勘に特化した少額決済アプリなのです。
 
使い方はとても簡単。利用者名、メールアドレス、必要に応じて、クレジットカード情報を入力すれば、わずか30秒で、スマートフォン上で割り勘が可能になります。先ず、幹事さん(受け手)が金額をアプリに入力し、割り勘したい相手を選択して、アプリ上で支払いリクエストを送ったり、メールやSNSを使って、払い手に支払いをリクエストしたりします。次に、リクエストを受け取った払い手は、金額を確認のうえ、必要な情報を入力して、スマホの支払いボタンを押すだけです。
 
「個人間」に広がるスマホ決済、法と利便性の壁を超えるビジネスモデル目指す
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/346926/011900779/?rt=nocnt
 
このペイモの業務形態は、割り勘代金をAnyPay社が代行して集金する収納代行業にあたるそうです。ラインペイ等の従来の電子マネーの送金サービスの幅が広くて、今ひとつ何に使えば良いのかわからなかった反省から、このペイモは数千円から1万円程度をターゲットゾーンとして、割り勘という少額決済だけに焦点を絞った潔さが特徴なのです(1回の限度額は10万円)。
 
ペイモにも、他の電子マネー同様、メリットとデメリットがあります。まず、メリットから説明すると、AnyPay社は、ペイモ導入の敷居を徹底的に下げる目的で、paymoアプリをスマホにインストールしなくても、スマホのWebブラウザから支払えるようにしました。これは大きな一歩です。割り勘をする全員がスマホを持たないといけないという壁は残りますが、全員がアプリをインストールするという煩わしさは避けることができるようになりました。
 
デメリットは、ペイモに集めたお金を銀行口座に移して現金化するのに、200円の手数料がかかることです。これでは、幹事役の受け手が現金化に手数料がかかるという損な役回りを引き受けることになりかねません。この点については、AnyPay社は、様々なボーナスポイントを用意して、手数料が普及の障害とならないように配慮しています。
 
 

割り勘は日本の文化?

 
日本では当たり前の割り勘文化。食事の後で大人たちが財布から現金を出してあたふたしているのは、決して見栄えの良いものではありません。おもしろいことに、割り勘は世界の常識ではありません。例えば、イギリスでは、ラウンドと呼ばれる習慣があり、代表者が全員の注文を聞いて店側に発注し、代表者が全額を支払います。その代表者をぐるぐると回すのです。イギリス人は、割り勘を「オランダ式(Go Dutch)」と呼んで蔑みます。中国や韓国のように、基本的に、年長者が全額負担する国もあります。
 
こうした飲食費の割り方は、それぞれの文化に内在する「互恵性」に関わっています。互恵性とは、一言でいえば、「情けは人のためならず」の精神を表し、今、他人に恵んでおけば、いつか巡り巡って自分の所に返ってくる期待のことを言います。経済学の実験によれば、人間は思ったよりも利他性を備えた動物のようです。誰かから、他の人と分けなさいと言われて、ボーナスをもらったとしましょう。人間は、平均して、およそ40%程度を、見ず知らずの人にも分け与えます。ただし、このうちの半分の20%程度が、自分への見返りを期待した「互恵的利他性」に由来することもわかってきました。
 
どこの国でも、お金の分担をめぐっては、格好良く振る舞いたいという見栄と余計に負担したくないというエゴの挟間で、いろいろな習慣を発達させてきたわけです。日本やオランダのように、割り勘文化を進化させてきた国にとって、ペイモはとてもありがたいサービスなのです。
 
 

フリーミアムのその先は?

 
割り勘文化の日本において、ペイモは消費者への訴求力が高いと評価しました。AnyPay社は、全てのサービス利用料を無料に設定して、1年で700万ダウンロードを目指すようです。このように、最初のうち、基本サービスは無料で提供し、いずれどこかで、高機能サービスで課金するビジネスモデルを、アメリカの編集者クリス・アンダーソンは「フリーミアム」と呼びました。
 
フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略
http://amzn.asia/iR39qT4
 
しかし、このフリーミアムは、なかなか成功しません。消費者がフリーミアムに群がるのは、あくまで無料のうちだけです。有料にした途端、彼らは蜘蛛の子を散らすように消えてしまいます。かつて、携帯電話用のソーシャルゲーム会社が、射幸心をあおるコンプガチャというアイテム課金を使って、有料化の壁を越えようとした時は社会的批判を浴びてしまいました。
 
人間は誰しもお金を支払うことにココロの痛みを感じるという「損失回避性」を持つので、無料で人を集めることは、有料で人を失うことにもなるのです。利用者の拡大を優先して、課金や広告は行わない方針を打ち出すAnyPay社が、どのようなビジネスモデルを描いて、“フリーミアムの呪い”を破るのか。注目したいと思います。
 
京大教授が“切る”現代経済
vol.5 paymoに透ける割り勘文化のその先

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

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(2017.7.05)
 

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