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コラム 京大教授が“切る”現代経済 vol.2 Amazon Dash Buttonに透ける未来(後) 京大教授が“切る”現代経済 京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士 依田高典

コラム
 
読者の皆さん、こんにちは。京都大学大学院経済学研究科教授の依田高典です。この連載では私の専門とする行動経済学—ココロの経済学—の知見をもとに、現代経済の中のちょっぴり気になる話題を取り上げて、その背後に潜む経済メカニズムを、読者の皆さんと一緒に考えていきたいと思います。第2回目は、前回に引き続き今話題の「Amazon Dash Button」を事例に取り上げ、特にそのビジネスモデルを考えたいと思います。
 
 

Amazon Dash Buttonのビジネスモデル

 
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Dash Buttonのビジネスモデルを経済学で読みとくと・・・?
AmazonがDash Buttonを発売した時、私は期待で胸を膨らませました。インターネットの世界を操る新しいビジネスモデルを考案したに違いないと思ったからです。その後、私の期待はいささか勇み足だったことがわかりました。
 
Dash Buttonが取り扱う商品は、飲料水、洗剤、カミソリの刃等の日常消耗品。ここで大切なのは、そうした消耗品の多くには、冷蔵庫、洗濯機、カミソリ本体等の耐久品が対になっていることです。消耗品だけでも、耐久品だけでも、役に立ちません。2つそろって1つのサービスとなる。このようなビジネスモデルを、「ソフトウェア・ハードウェア・パラダイム」と呼びます。ちょうど、映画ソフトをプレーヤーで再生するイメージです。
 
私は、Dash Buttonに何を期待したのでしょう。私は、消耗品と耐久品をセットにして販売し、先ず、耐久品を購入してもらうために大幅に割引いて、次に、消耗品を継続的に購入してもらうための仕組みとしてDash Buttonを活用するビジネスモデルを想像しました。携帯電話の端末を0円で販売し、その後の通信料金で回収するのと似ています。
 
最初のうちはDash Buttonを使って、消費者にボタンを押してもらう必要があるものの、いずれインターネットに接続したスマート家電が普及していけば、Amazonは自動的に消耗品ニーズを把握して、欲しい時にピンポイントで消費者に商品をお届けできます。この時、Amazonは消費者とメーカーの間をつなぐプラットフォームを独り占めにするでしょう。
 
実際には、まだビジネスモデルのつくり込みが甘く、Dash Buttonは消耗品の単品売りに留まっているようです。しかし、近未来を視野に入れたAmazonの真の狙いは、今、私が説明したようなものでしょう。
 
 

鍵を握るのはネットワーク効果!

 
ソフトウェア・ハードウェア・パラダイムのよく知られた例は、1970年代に繰り広げられたビデオテープレコーダーの規格争いです。SONYのベータマックスはコンパクトながら画質に優れ、当初は性能面でライバルの松下電器・ビクター陣営の推すVHSよりも有利だと見られました。しかし、VHS陣営は映画作品のラインナップを豊富にそろえたことから、中盤から競争上、圧倒的に優位に立ちました。
 
消費者の立場から見れば、カセットレコーダーだけ立派でも、ソフトウェアがそろっていなければ、宝の持ち腐れです。レンタルビデオ店に出かけてみれば、あるのはVHS規格のカセットだけ。こうなれば、映画ファンは自然とVHSのビデオデッキを買うようになります。ソフトウェアの品揃えが豊富になればなるほど、雪だるま式にハードウェアの魅力が膨れあがる。これを、経済学では「ネットワーク効果」と呼びます。
 
Dash Buttonの取り扱う品は当初わずか42種類。しかも、消耗品と耐久品の有機的な連係はまだ見えてきません。本来ならば、Amazonは特定ブランドの耐久財向けに豊富な消耗品をそろえたうえで、消費者に向けて大胆なキャンペーンを打つべきだったのです。
 
そうすれば、ソフトウェアもハードウェアも、メーカーはAmazonというプラットフォームを無視できなくなり、争って自社商品をDash Buttonに卸そうとしたことでしょう。実際には、そうならなかったのだから、Dash Buttonは、成算を欠いた見切り発車だったのかもしれません。
 
 

Googleが解いてみせた両面市場モデル

 
皮肉なことに、ネットワーク効果を梃子にして、ソフトウェア・ハードウェア・パラダイムをビジネスモデルとして見事に確立したのは、ライバルのGoogleが先でした。
 
Googleは消費者に検索サービスはじめ、様々なアプリケーションを無料で提供しています。その代わり、検索結果画面のトップページに、アドワーズやアドセンスと呼ばれる企業の広告を掲載しました。この時、Googleは、広告主からオークション方式で価格をつり上げてしっかり課金します。もちろん、広告主が高い広告料を支払ってでも、トップページの上位に掲載してもらいたいと思うのは、そうすれば、検索した時に消費者が自社商品を認知してくれるからです。
 
消費者はGoogleに直接お金を払うわけではありませんが、自分が広告リンクをクリックして商品を購入した金額の一部が、広告主を通じてGoogleに支払われる仕組みになっています。そこには、消費者、広告主、そしてGoogleの間に、検索のクリック数というネットワーク効果が働いています。
 
例えは悪いですが、男女のお見合いクラブが女性の参加費を無料にして、女性をたくさん呼び込み、男性からがっぽりお金を取るのによく似ています。プラットフォーム上で、ネットワーク効果を効かせて課金するビジネスモデルを、「両面市場モデル」と呼びます。
 
両面市場を制したGoogleはライバルのYahoo!を駆逐し、インターネット広告の世界で揺るぎない地位を築きました。AmazonがDash Buttonを進化させて、Googleの牙城に迫ることができるのか。インターネット上の熾烈な覇権争いに、これからも注目したいと思います。
 
京大教授が“切る”現代経済
vol.2 Amazon Dash Buttonに透ける未来(後)

 著者プロフィール  

依田 高典 Takanori Ida

京都大学大学院経済学研究科教授/経済学博士

 経 歴  

1965年、新潟県生まれ。1989年、京都大学経済学部卒業。1995年、同大学院経済学研究科を修了。経済学博士。イリノイ大学、ケンブリッジ大学、カリフォルニア大学客員研究員を歴任し、京都大学大学院経済学研究科教授。専門の応用経済学の他、情報通信経済学、行動健康経済学も研究。現在はフィールド実験経済学とビッグデータ経済学の融合に取り組む。著書に『ネットワーク・エコノミクス』(日本評論社)、『ブロードバンド・エコノミクス』(日本経済新聞出版社。日本応用経済学会学会賞、大川財団出版賞、ドコモモバイルサイエンス奨励賞受賞)、『次世代インターネットの経済学』(岩波書店)、『行動経済学 ―感情に揺れる経済心理』(中央公論新社)、『「ココロ」の経済学 ―行動経済学から読み解く人間のふしぎ』(筑摩書房)などがある。

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(2017.4.5)
 

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