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GXはグリーンウォッシュ!?

 
「合成燃料研究会 中間とりまとめ」(経産省2021年4月)より
「合成燃料研究会 中間とりまとめ」(経産省2021年4月)より
今月19日から21日にかけ、広島で先進7ヶ国首脳会議(G7広島サミット)が開かれる。それに先立って先月中旬、札幌でG7気候・エネルギー・環境大臣会合が行われた。
 
Bloombergの記事によれば、脱炭素に向けた経済社会システム変革の取り組みを「グリーントランスフォーメーション(GX)」と総称する日本案が参加国にはピンと来ず共同声明はa green transformationと一般名詞で採択されたことについて、経産省の担当者は「日本の定義するGXを他国に押し付けようと考えていたわけではない」とした。今年後半に政府が発行予定の脱炭素政策国債も、「GX経済移行債」という名前が見せかけの環境配慮を指す“グリーンウォッシュ”の意味に取られかねないようで*1、難しいものだなぁ、と関係者に同情すると同時に、カナ書きができるせいで外来の概念をすぐコピー化して自国語に取り入れてしまう悪癖を我々はもっと自覚すべきだと思わせられた。
 
冒頭から主観論で始めるのは他でもない。そうは言っても大衆に支持されてなんぼの政治家はこの悪癖を止めるわけにいかないだろうと思うからだ。そしてこの予想は、2017年以降の自動車関連施策が経産省のグリップを離れ政治家によってもみくちゃにされ、EVシフト一辺倒に傾斜していった過去と重なる*2
 
 

EUの方針転換

 
そう思って関連報道を見ていたら、欧州連合(EU)が従来の方針を一転し、2035年以降も合成燃料(e-fuel)を使う車に限りエンジン搭載車の販売を認めることになったという記事が流れてきた*3。筆者が「やはり」と感じざるを得なかったのは、脱炭素は文化論としての「大きな物語」に過ぎないかもしれないという見方を一昨年3月に寄稿していたからだ。そのとき書いた一節はこうだった。
 
「日本と同様バッテリーで劣位に立つ欧州は、政策ではEVシフトを迫りながら、産業競争においては、カーボンニュートラルに照らしても内燃機関が優位に返り咲く未来――BEVが用なしになる未来――を見越して布石を打っている*4。」
 
「BEVが用なしになる未来」はさすがに言い過ぎとしても、経産省の資料によれば、国際エネルギー機関(IEA)の2017年の分析で、2040年も乗用車販売の84%はプラグインハイブリッド(PHV)とハイブリッド(HV)を含む内燃機関駆動車が占めるとされている(冒頭グラフ)。2050年でもまだ1億台以上、2030年と変わらない台数の内燃機関駆動車がつくられる見込みだ。燃料の種類は変わっても、また、駆動力の内訳が仮にエンジン1:モーター9ぐらいになっても、それこそ「内燃機関が用なしになる未来」は、そうそう来そうにない。
 
経産省の資料はこの後に「世界的にカーボンニュートラルを実現するためには、これらに供給する脱炭素燃料が重要となる」と続くが、脱炭素が「大きな物語」なのか純然たる科学なのかは引き続き筆者にはわかりかねる。ただ、国交省の報告では国内のCO2総排出量の18.6%が運輸部門(自動車・船舶・航空機)からで、うち約86%は自動車が占めている(自家用62.4%、事業用23.5%。二輪車は除く)*5。政府としては、他国と足並みを揃えるうえでも、この部分を手当てしないわけにいかないだろう。
 
 

水素のグリーン、ブルー、グレー

 
EUが合成燃料という条件付きで内燃機関車を認めた日の翌々日。松野博一官房長官が会見で、合成燃料を使った内燃機関車の商用化に向け政府としても技術開発に取り組む、と発表した。
 
合成燃料は地球上どこにでも存在する水素と二酸化炭素で人工的につくることができる“夢の人工原油”だ。ただ問題は、製造コストが高いこと。ただし、なぜ高くなるかはハッキリしており、要は材料となる水素を調達するコストが高いのだ。
 
水素の製造や輸送などのグローバル企業が150以上集まる水素協議会がマッキンゼーとまとめたリポートによれば、2050年の日本の水素調達コストは水素1㎏あたり2.85ドルと予測される。他の地域・国は中国が1.85ドル、ヨーロッパ中部1.65ドル、インド中・東部1.35ドル、アメリカ1.25ドルだ。日本はアメリカの2.3倍にも上る*6
 
なぜこんなに高くなるのか。実は水素は取引市場に出る前に色が付けられている。科学的には水素は無色の気体であり、製造後市場に出るまでにいくら時間が経っても変化しないが、市場では「大きな物語」によってグレー、ブルー、グリーンの3色で扱いを分けられる。かつ、EU基準ではe-fuelはグリーンの水素を使ってつくったものしか認めない。グリーンの水素すなわち、再生可能エネルギーで製造した水素である。
 
 

「ジーエックス」「ディーエックス」にご用心

 
グリーンの水素は水を再エネ電力で電気分解してつくる。周知のように日本は電気代が高い。家庭用はともかく産業用は世界で二番目に高い*7。再エネ電力は再生可能エネルギー賦課金が上乗せされるからなお高い。大規模風力発電をぶん回したり、広大な土地で一面に太陽光発電パネルを敷き詰めたりして再エネ電力を大量発電できる諸外国と日本とでは、グリーン、ブルー、グレーといった色が水素に付きまとう限り、調達のスタート地点からして違っている。
 
また、水素を外国でつくったり買ったりした後、国内に持ってくる場面でもハンデがある。国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は2050年に国際取引される水素に関し、55%はパイプラインで運ばれると予測しているが、周囲を海に囲まれている日本は船舶輸送に頼るしかない。
 
ただし、そういったハンデがあるからこそ日本は、水素を極低温で液化して体積を800分の1まで減らして運ぶ技術(岩谷産業)や*8、水素をトルエンに反応させメチルシクロヘキサンに変換し、500分の1まで体積を減らして常温の液体で運ぶ技術(千代田化工建設)を実用化した*9。世界初の液化水素運搬船も日本が技術を持っている(川崎重工業)*10
 
合成燃料のトピックは本質の部分では水素の商用化競争だ。商用化はロジの部分(輸送・貯蔵領域)が大きなインパクトを持つ。そもそも利用領域では日本は燃料電池車(FCV)の例を見ても世界に一歩先駆けている。製造領域でも優れた技術が複数、研究段階にあるようだ。
 
太陽光発電しかり風力発電タービンしかり。基幹技術で勝りながら規模やその他の要因――例えばルール策定合戦――で一敗地に塗れてきた過去の轍を、日本はもう踏むべきでない。その意味で、一般の我々も、なんとなくわかったような気にさせられる「ジーエックス」「ディーエックス」などの語にはご用心・・・。
 
 
 
*1 共同声明から消えた「GX」、国際社会に浸透せず-G7札幌会合(Bloomberg 2023年4月17日)
*2 『EV推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(2021年・ワニブックス)を参照。付随して拙稿も。
*3 EU、35年以降もエンジン車販売容認 合成燃料利用で(日本経済新聞 2023年3月25日)
*4 「大きな物語」としての脱炭素 ~EVシフトを切り口に考える~(B-plus 2021年3月3日)
*5 第1回 合成燃料(e-fuel)の導入促進に向けた官民協議会 資料13のp21(2022年9月16日)
*6 水素戦略、気付けば周回遅れ 技術先行も調達コスト重荷(日本経済新聞 2022年12月4日)
*7 電気料金の国際比較-2019年までのアップデート-(電力中央研究所社会経済研究所 2021年3月5日)
*8 水素の輸送方法(水素エネルギーナビ)
*9 SPERA水素システムについて(千代田化工建設ホームページ)
*10 川崎重工の水素運搬船「収益化へ技術供与」役員に聞く(日本経済新聞 2022年9月9日)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2023.5.10)
 
 

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