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EVをめぐるつばぜり合い

 
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forget-me-not / PIXTA
EV(電気自動車)が注目されている。昨年10月に首相が所信表明演説で示した「2050年までに地球温暖化ガスの排出を実質ゼロにする」というカーボンニュートラル政策と、続いて出された「2030年代半ばまでに自動車の新車販売をすべてEVやHVなどにする」との政府方針がきっかけだ。
 
そして12月8日には小池百合子都知事が、東京都は5年前倒しで2030年までに同様のことをすると表明。その9日後の12月17日には、日本自動車工業会(自工会)会長の豊田章男・トヨタ社長が、政府に「国のエネルギー政策まで含めて本気でやる覚悟で言っていますか?」と糺したともとれる記者会見を行った*1
 
国政のトップ、首都自治体の首長、そして巨大産業の会長がつばぜり合いを繰り広げる背景には、豊田氏が会見で釘を刺した――あるいは憂えた――通り、世間一般はどうしても「EV=バッテリーとモーターで走る自動車=非内燃機関駆動車」と認識しがちだという事情がある。その延長で「地球温暖化阻止のためには二酸化炭素排出を止めねばならないのだから、クルマをすべて非内燃機関駆動に入れ替えることは喫緊の課題ではないか、何を躊躇する理由があるか」と世論が一色に染まることを、豊田氏は恐れたのだろう。
 
そしてその危惧は市民に跳ね返る。内燃機関不要論が主流になり自動車がすべてBEVに置き換われば、国内自動車産業全体が、特にバッテリー製造でコストがかからない、あるいはかけない国に対し競争優位性を失うからだ。
 
「だからどうだ」という反論はもちろんあり得る。国内の、つまり内向きの、しかも現行の就労世代を産業構造の転換に対応させなくて済むようになるだけのロジックではないか、と言われればその面もあるからだ。温暖化阻止が一国の枠を超えた世界規模の「大きな物語」である以上日本の産業競争力の命運など小さな問題だと言われればぐうの音も出ないからだ。少なくとも論理の上では。
 
 

EVの4分類とe-fuel

 
ところで、実際は電気自動車といっても4つに分類される。
 
1,エンジンなし・モーターで駆動のBEV(Battery Electric Vehicle)
※狭義の電気自動車。ECV(Electrically Chargeable Vehicle)とも表記
2,エンジンで駆動および発電・モーター駆動併用のHV(Hybrid Vehicle)
※いわゆるハイブリッド車。HEV(Hybrid Electric Vehicle)とも表記
3,2のモーター用電力を外部電源からも引けるようにしたPHV(Plug-in Hybrid Vehicle)
※通称プラグインハイブリッド。PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)とも表記
4,外部から充填もしくは内燃機関で改質生成した水素と空気中の酸素を反応させてできる電力でモーターを回して走るFCV(Fuel Cell Vehicle)
※燃料電池電気自動車。FCEV(Fuel Cell Electric Vehicle)とも表記
 
EVシフトは主にEU諸国が主導する動きだが、メーカーの現場は必ずしもEVに偏重していない。EUの環境政策が内燃機関締め出しに動くうちにも、新型液体燃料e-fuelの実用化研究が耽々と進んでいる。e-fuelは大気中の二酸化炭素を産業場面から出る余剰水素と合成してつくる、原理からしてカーボンニュートラルな内燃機関用燃料である。日本と同様バッテリーで劣位に立つ欧州は、政策ではEVシフトを迫りながら、産業競争においては、カーボンニュートラルに照らしても内燃機関が優位に返り咲く未来――BEVが用なしになる未来――を見越して布石を打っている。
 
e-fuel車は日本ではトヨタ、日産、ホンダの3社が開発中だ。有権者国民・都民としては、「大きな物語」に安易に乗せられて自国産業の首を絞めることがないよう戒めたい。為政者が人気取りで政策を決めかねない状況にあってはなおさらである。
 
 

COP、IPCC、銀河宇宙線説

 
e-fuelは自動車における脱炭素の本命が水素利用であることを示すものとされる。短絡的に電気に走るのは問題が多いということだ。同様に、「脱炭素社会」イコール「電化社会」と単純化するのも良くない。正しくは、「化石燃料を使わず二酸化炭素を出さない方式で発電し、必要発電量も今より少なくて済む電化社会」だ。
 
電気を当てにする以上、リチウムイオン電池の環境負荷の問題を問わなければいけないが、リサイクルも含めて技術革新が進んでいるようだから今はいったん不問にする。そのうえで正直に告白すれば、筆者は地球温暖化(気候変動)のテーマに関しては、間違って議論の輪に入れば懐疑派に分けられるであろう一人である。
 
COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)は果たしてアル・ゴアの仕込みかどうか。そこまで行けば懐疑派というより陰謀論だが、一ライターの身ではそれを判断できるほどの情報も見識も持ち合わせない。さりとて温暖化に占める人為要因の割合が果たして環境活動家が言うほど大きいかについては、科学的に評価判断できる自信はないので明言は控えるものの、そこまで大きいのか、と密かに思っている。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が2007年に第4次評価報告書で否定した太陽磁場説――「銀河宇宙線説」「スベンスマルク効果」とも通称――が、どうにも頭から離れないからだ。
 
銀河宇宙線説――近年はこちらで呼ぶほうが多いようなのでそうする――については、IPCCの第4次報告書が出た後の2009年と2019年に、同説を支持する研究結果が発表されている*2*3。IPCCは今年4月から第6次評価報告書を順次発表予定だが*4、あらためて同研究結果を踏まえて銀河宇宙線説を検証するだろうか。
 
 

市民感覚と「大きな物語」

 
そんなわけで本稿はEVに関しても脱炭素に関しても甚だ中庸の立場に留まるが、文責を負えるテーマに敷衍して意見を述べるとすれば、スマートグリッド、ゼロエミッションハウス、太陽光発電等をからめた地域マイクログリッド政策は引き続き推進すべきだと思う。
 
そして同じ観点から、EVの是非を問う文脈とは別口で、PHEVは大いに推進して良いのではないか。「大雪で何百台も高速道路で立ち往生」「震災で送電網がストップし地域一帯が停電に」などと聞くたびに、PHEVがあれば頼もしいだろうな、と思うからだ。
 
空気中の二酸化炭素濃度がどうでも、温暖化への二酸化炭素濃度の寄与度がどうでも、あえて言えばそれらは生活実感からは遠い、その意味では文化論としての「大きな物語」である。科学ではあっても文化論なのだ。それと比べるとPHEVの備え感は生活実感そのものである。だから、もし「どちらが健全な市民感覚と思うか」と聞かれたならば、筆者としては生活実感のほうに軍配を上げざるを得ないのだ。
 
――というわけで、以上プラグインハイブリッドの販促記事終わり(嘘)。
 
 
 
*1 自工会 豊田章男会長、カーボンニュートラルと電動化を語る「自動車産業はギリギリのところに立たされている」(Car Watch 2020/12/17 21:48)
*2 地磁気逆転を利用した宇宙線強度と雲量の相関に関する普遍性の検証(科学研究費助成事業 兵頭政幸 神戸大学,内海域環境教育研究センター,教授(60183919))
*3 地磁気逆転途中に冬の季節風が強化していた ―銀河宇宙線による地球の気候への影響を証明―(神戸大学研究ニュース 2019/6/28)
*4 IPCCレポート
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.3.3)
   

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