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経産省からのメッセージ
 
「素人は戦略を語り、プロはロジスティクスを語る。」――オマール・N・ブラッドレー
 
「第1回フィジカルインターネット実現会議」資料4-1より
「第1回フィジカルインターネット実現会議」資料4-1より
本誌の読者層からすれば、この言葉は多くの人が企業経営の教訓と受け取るだろう。が、実はこれ、軍事作戦の話である。オマール・N・ブラッドレー元帥は初代米軍統合参謀本部議長でNATO軍事委員会初代委員長。つまり、ここで言うロジスティクスは兵站のことである。
 
「ロシア軍はまるで兵站を無視しているかのようだ(=本当にプロが作戦を指揮しているのか?)」とは、ウクライナ侵攻初期に軍事の専門家がそろって首をかしげた疑問だった。ひるがえって本邦では、経産省が国交省と組んで昨年から進めている「フィジカルインターネット実現会議」が、今年3月に公表した「フィジカルインターネット・ロードマップ」で、巻頭言にこのブラッドレー元帥の言葉を引いている。
 
これはつまり、「日本の企業が物流=ロジスティクスをなおざりにしている様はロシア軍と同じだ」というメッセージを、国が各企業経営者に向け発したということである。
 
 

フィジカルインターネットの狙いと物流危機

 
フィジカルインターネットとは、ロードマップ11ページの定義によれば、「売上高コスト比率を抑制したいという荷主企業側のニーズと、運賃を適正な水準にまで引き上げたいというトラックドライバー等物流の担い手のニーズが、相反するのではなく、両立するような、次世代の物流システム」のこと。着想はインターネット通信の考え方がもとになっている*1
 
かつての通信システムは端末間で一つの回線を専有する回線交換方式だったのに対し、インターネット通信では、データを小分け(パケット)にして一つの回線で複数通信を行うパケット方式に変えることで回線利用効率が上がり、大量のデータが捌けるようになった。さらに、通信事業者のネットワークを相互接続可能にすることで拡張性が増し、多拠点分散型・協働型の情報インフラになった。物流システムにおいてもこれと同じことを実現しようというのがフィジカルインターネットの狙いである。
 
背景には「物流危機(物流クライシス)」の問題がある。2010年代から構造的に始まり、放置すれば2030年には7.5~10.2兆円の経済損失が生じると予測されているこの問題が最初に一般にも知られたのは、2017年春の「ヤマトショック」だった。ヤマト運輸が法人顧客を対象に値上げに踏み切り、以前から限界に来ていた他の輸送業者が追随したのだ。
 
あれから5年経つが、問題は解決していない。再来年には働き方改革で時間外労働の上限規制がトラックドライバーにも適用になる。物流コストの上昇にドライバーの年収の上昇が伴っていた1990年代初めまでと違い、年収が全産業平均を1~2割下回るいっぽうで労働時間は長時間の荷待ち、バラ積み・バラ下ろしの手荷役、付帯作業等で全産業平均の2割増しになっている現状では、新規人材は入らず高齢化が進み、2027年には物流需要に対しドライバーが24万人不足するとされている。頼んでも運んでもらえなくなる物流供給の危機が間近に迫っているのだ。
 
 

インターネット化を阻む最大の壁?

 
そこで物流のインターネット化、即ちフィジカルインターネットが求められるわけだが、大和総研の神谷孝氏が書く通り、「課題は、いちいち上げたらきりがないほど山積している」*2
 
ロードマップは「コンテナ」「ハブ」「プロトコル」という3つの基本要因をあげ、それらが規格の統一、伝票の標準化、データの連携等によりフィジカルインターネットの基礎になっていくイメージを解説している。より細かく見れば、トラックバース(荷物を積み下ろしするための駐停車スペース)の利便性向上や、電話とFAXで回している事務系業務のデジタル化など、インターネット化以前の課題も多くある。
 
ただ、ロードマップを含め関連の記事や資料を読み込むにつけ、実はこれこそ本邦物流のフィジカルインターネット化を阻む最大の壁ではないかと思えてくるのが、「庭先渡し」「店着価格制」と呼ばれる日本特有の商慣習だ。
 
これについては神奈川大学の齊藤実教授の著書が詳しい*3。また、すぐに読める記事としては2017年末の『プレジデントオンライン』の森田章氏の記事――「物流費を入れ込む“希望小売価格”は限界だ」がお勧めだ*4。ロードマップでは、「商品価格と物流コストとを分離せずに納品価格とする方式のために物流コストが可視化されない」と指摘されている34ページの箇所がそれに当たる。
 
また、直近では、実現会議内スーパーマーケット等ワーキンググループ事務局の中野剛志氏が5月11日のウェビナー*5で配布した資料の、20ページの中項目「商慣習の適正化」内、小項目「物流コストの可視化、取引の際の物流明細提示による取引価格の透明化」が、この問題に該当するはずである*6
 
 

共依存の可視化を!

 
これがあるがために、ロードマップが10ぺージ目で「~ところが、我が国の荷主企業においては、物流部門の立場は強くないことが多いと言われている」と遠慮気味に指摘する状況が残置されるのではないか?
 
この意味で、『ビジネス+IT』の坂田良平氏の連載「日本の物流現場から」の2020年10月12日の回――『国交省が定めた「標準的な運賃」を運送会社が軽視しているワケ』*7は、「店着価格制」の語こそ使っていないが、問題の根深さを感じさせる点で示唆に富む。
 
それは一言でいえば荷主と運送会社の「共依存関係」だ。記事2ページ目、「原価計算の方法を教えるよりも原価計算ができる仕組みを提供したほうが早いし、実効力があるのは明白である」にはひたすら、激しく同意する。メンタルシステムにおいても物理システムにおいても、共依存は外部に可視化されてこそ治癒に向かうからだ。
 
上流の倉庫業界では今、高度成長期に建設されて以来日本の物流を支えてきた大型倉庫施設が老朽化を迎え、建て替えが進んでいる*8。下流でも末端のラストワンマイル配送で様々な動きが現れていることは、街を走る軽トラックの多彩ぶりが語る通りだ*9。ハード面のフィジカルインターネット化は着実に進むだろう。残る本丸に切り込むべきだ。
 
 
 
*1 実はインターネットが黎明期に着想を得たのはロジスティクス分野、厳密には州間高速道路網(Interstate Highway System)からだったことは、ジェレミー・リフキン著『限界費用ゼロ社会』(2015年・NHK出版)p339、340を参照。
*2 フィジカルインターネットによるビジネス変革(2022年05月17日)
*3 『物流ビジネス最前線 ネット通販、宅配便、ラストマイルの攻防』(2016年・光文社新書)。なお、本書に関しては2017年5月に書評を寄せたのでよろしければ拙稿も参照されたい。
*4 「物流費を入れ込む"希望小売価格"は限界だ」(2017/12/20)
*5 独立行政法人経済産業研究所(RIETI)主催「フィジカルインターネットの実現に向けて~物流危機の克服のために~
*6 配布資料「フィジカルインターネット実現のロードマップ
*7 「国交省が定めた「標準的な運賃」を運送会社が軽視しているワケ」(2020/10/12)
*8 レポート「TOKYO2030 人・テクノロジー・環境が変える不動産の未来」(2020年1月・CBRE)p29~32
*9 この点に関しては2018年6月の小欄同9月の小欄、および2020年4月の小欄も参照されたい。
 
(ライター 筒井秀礼)
(2022.6.1)
 
 

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