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毎年この季節になると・・・

 
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ABC / PIXTA
「冬は建設工事が多い」――毎年冬になるとそう感じながら街を歩く人は少なくないだろう。筆者もその一人である。雨が少なくて工期の乱れが発生しにくいから、などと思ってみるが、答えを持つ人たちはいつも防音パネルや防塵シートの向こう側だ。
 
だから我々一般の人々は建設業界のことを知らない。どんな背景でどんな課題があり、それらの解決に向けどんな進歩が遂げられつつあるか、見えないから知ることができない。知れば「うおおおーーっ!」と感嘆の声を上げるかもしれないのに、だ。
 
そこで本稿は、近年再び脚光を浴びている「建設テック」の視点から、知られざる“防音パネルの向こう側の世界”を垣間見よう。キーワードはデジタル、AI、ロボット。そしてBIMだ。
 
 

人とAIが協働する建設DX

 
AIに関しては、例えば竹中工務店は将棋AIで知られるHEROZ株式会社と共同で、建築物の構造設計業務支援のAIを開発した。『日経アーキテクチュア』副編集長の木村駿氏によると*1、構造設計の初期段階では過去の類似事例を参考に検討を進めるが、その際に全国の事業所から情報を集めるのは大変なうえ、面積や階数、スパン(柱の間隔)といった構造を特徴づけるパラメーターが10~20個もあり、経験の浅い設計者には難しい。
 
そこで同社は機械学習の一種であるクラスタリングを用いた「リサーチAI」を開発。「ベテラン設計者が持つ『嗅覚』のようなものをAIで補い、誰でも簡単に有益な情報にたどり着ける」ようにした。また「構造計画AI」ではディープラーニングを用い、構造計算をせずに仮定断面(=建物の詳細が未決定な段階で仮に算出する部材の断面寸法)を自動で推定可能にした。さらに「部材設計AI」では施工性と経済性をバランスさせる部材のグルーピングを自動で絞り込んで設計者の意思決定をサポートする。人とAIが協働して生産性を上げる点で、まさに建設業界におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の好例となっているようだ。
 
 

生産性の原則と建設業の可能性

 
ここで「生産性」について確認しておくと、経済が成熟して産業構造が高次化すると、基本的にはどの社会もサービス業が主体になる。サービス業は製造業のようには技術イノベーションで一気に付加価値生産性を上げにくいから、全産業従事者にしめるサービス業従事者の割合が増大した社会では全体的な生産性は鈍る。それでも経済がまわるのは金融業で補填するからだが、金融業は他の産業ほど雇用を生まないので社会全体の生産性を上げるには至らない。――これが生産性に関する通則である。
 
だが、これは逆にいうと、「1;苦役的な繰り返し作業をまだ多く含み」、「2;一定割合で労働集約型産業であり続けることは今後も予想され」、しかも「3;製造業のように技術イノベーションを頼みにしやすい」建設業のような分野で生産性向上を果たせれば、全体の底上げにつながるのではないか。
 
 

ロボットとモジュールと3Ⅾプリンター

 
苦役的繰り返し作業の解消についてはロボットに期待できる(ロボットが感情を持ったときの倫理問題に関してはひとまず措こう)。鳥かご状の配筋の上で職人が長時間腰をかがめ続けなければならない鉄筋結束の作業を自動で行うロボット「トモロボ」は、香川県の鉄筋工事会社の関連企業が広島県の設備製造会社と共同で開発。価格を220万円に抑えつつ、なんと現行の20%まで省力化に成功した。
 
また、建設業が労働集約型産業であり続ける点をめぐっては、すべての建築建造物が型番商品になる未来は想像しにくいことを考えれば十分だろう。
 
そして3つめ、「建設業の製造業化」とも呼べる変化に関しては、「建築物のモジュール化」が進行中だ。昨2019年6月、鉄筋コンクリートのモジュールからなる40階建てのツインタワーマンションがシンガポールに完成した。フランスの大手建設会社ブイグのグループ会社が施工した「クレメント・キャノピー」だ。高さは140m、延べ面積は約4万6000㎡。マレーシアで製造した躯体にシンガポール国内の工場で配管・配線、タイル張り、塗装、防水処理を行い、現場に運んでタワークレーンで組み立てた。モジュール1個の重さは26~31t。それを誤差2㎜で積んでいったという。
 
「建設業の製造業化」は建設3Dプリンターの普及もその範疇だろう。建物や橋などをモルタル積層でつくってしまう建設3Dプリンターは型枠の設置を不要にする。のみならず、型枠の物理的制約からデザインが解放されて建築物の付加価値生産性が上がる。造形の自由度が高いから強度を出しつつ材料(材料費)を必要最少限にでき、ロボットアームを連続稼働させ工期を爆速化することで労働生産性も飛躍的に向上。予測では建設3Dプリンター市場は2020年の5600万ドルから2027年には約40億ドルまで拡大が見込まれている。
 
 

本丸はBIM

 
ただし、「建設テック」の本丸はBIM(Building Information Modeling)にこそ極まるようだ。国土交通省建築BIM推進会議による簡略化した定義は「コンピュータ上に作成した主に三次元の形状情報に加え、室等の名称・面積、材料・部材の仕様・性能、仕上げ等、建築物の属性情報を併せ持つ建築物情報モデルを構築するもの」となっている。ようは「建造物に関する企画設計段階からのあらゆる情報をデジタルで、同じ一つの三次元モデル(ワンモデル)上に集積管理し、目的用途に応じて照会・抽出・改変シミュレーションができるようにしたもの*2」と理解すればいいだろう。
 
BIMが効果を発揮した一例が、メルセデス・ベンツ日本と竹中工務店による展示施設「EQ House」だ。工事が終わって完了検査に進んだ際、指定確認検査機関である日本建築センターの検査員は、ヘッドマウントディスプレイを装着してBIMの3次元モデルを映し出し、実際の建築物と重ねて見ることで検査の確度と効率を高めた。この例ではMR(複合現実)技術を組み合わせて実際は見えない延焼ラインまで視覚的に確認できたそうだ。「数十枚の紙の図面の情報が1つのモデルに集約されるので、検査がスムーズに進んだ。図面に記載されない監理記録を同時にチェックできることも大きかった」とは、同センターの杉安由香里主査のコメントである。
 
今年4月に着工して現在も工事が進む北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールド」は、設計・施工を受注した大林組が意匠設計の段階から三次元のBIMモデルを作成し、安全面、運営面、はてはスタンドに飛び込む飛球経路まであらゆるシミュレーションを試行。データを持たせたモデルを工事用詳細施工図の作成に引き継ぎ、さらに納まり(部材接合部の総称)の情報も加え、竣工(建物の完成)までをいったん全部、仮想空間のモデルで検証した。すべては「世界がまだ見ぬボールパークをつくる」という施主のコンセプトを叶えるためだったようだ。
 
品質と効率の両立、生産性を上げようとする工夫、付加価値実現に向けた意地、etc・・・。木枯らしに揺れる防音パネルと防塵シートの向こう側に、知られざる“漢(おとこ)たちの世界”を見た。
 
 
 
*1 『建設DX デジタルがもたらす建設産業のニューノーマル』(日経BP 2020/11/10発行)p24~28。以下、事実の記載に関してはすべて本書を参照した。
*2 現状はまだ設計・施工までと維持管理・運用局面とで必要な情報量に差がありすぎて使いにくく、解決が待たれるようだ。
 
(ライター 筒井秀礼)
(2020.12.2)
   

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