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◆黒船到来・・・ついに火がついた電子書籍

 
 黒船がついに上陸した! ・・・書籍ラインナップ100万点超の巨躯を誇り、「日本上陸を狙っている」 とされてきた電子書籍界の “黒船” Amazonが、ついにこの11月から同社の人気リーダー 「Kindle」 を日本で発売する。
 欧米の出版ビジネスにおいて、電子書籍はすでに一定の地位を確立し、着実に市場規模を拡大しつつある。先導するのは、Amazonが提供するこの 「Kindle」 だ。対する島国日本において、電子書籍は久しく 「今度こそブームが来る」 とのフライング情報のみが語られる存在だった。
 今年7月には楽天がカナダ製の安価なリーダーkoboを大々的に売り出すことで一石を投じたが、ブームに火がついたとは言いがたい。黒船が襲来する前に、国内市場で 「維新」 を試みた姿勢は評価できる。たしかに市場にはかつてない衝撃を与え、ユーザーからは好感を持って迎えられた。ただ、展開後は 「取り扱い書籍の点数が少ない」 「検索が使いづらい」 など、厳しい批判の声も相次いでおり、単独でKindleを迎え撃つには力不足感が否めない。
 
 

◆日本では複雑に絡む諸権利が足かせに

 
 欧米での普及を見れば、日本においても電子書籍が持つ様々なメリットに大きな魅力を感じる層は少なくないものと思われる。にもかかわらず、これまで日本で普及してこなかった原因は、極論すれば一点につきる。
 『読みたい書籍が見つからない』 ――このデメリットの前には、いかなるメリットも輝きを失う。ほとんどの新刊が紙媒体発行と同時に電子化される欧米に比べ、日本では 「人気作家の新刊が、紙媒体と同時に電子書籍化された」 ことがいまだニュースとして特筆される状況だ。普及の足を引っ張っているのが、複雑な権利関係である。
 電子書籍の出版には、4つの局面が存在する。「著者」 「出版社」 「配信社」 「ユーザー」 である。それぞれ、著者は 「著作権」 を、出版社は 「出版権」 を、配信社は 「公衆送信権」 を持つ。米国では出版社が著作権を管理して、著者にライセンス料を支払う契約関係が一般的だが、日本の出版社は通常、出版権しか持たない。この権利はいかにも弱い。紙媒体販売との関係上、価格設定や発行期日など、電子書籍配信にまつわる諸条件を決定するプロセスへの参加は、出版社にとって死活問題だが、本を印刷する権利にすぎない出版権では、交渉の武器にならないのだ。それゆえ出版社は 「電子書籍化」 については積極展開する姿勢を示さず、「紙面デザインに対する著作権」 をたてに電子化を拒むなど、もっぱらコンテンツを紙の領域に囲い込むことに腐心してきた。
 いっぽう、普及に向け邁進してきた勢力もある。パナソニックやソニー、シャープなど、多くのメーカーは、電子書籍市場の可能性に早くから着目して、専用のリーダー端末と配信サービスの提供を行ってきた。その起源は1990年代にまでさかのぼり、撤退、再参入をくり返す各社の動向をひもとくだけで、「やってこない出前」 への期待と失望の歴史がうかがえる。見開きで描くことが多い漫画に適応するため、2つ折りの2画面にしたパナソニック製品など、独自に魅力を持つ製品もあったが、いかんせん 「読みたい本が電子書籍化されない」 という状況を打破できずに失速、市場は長く冷えたままだった。
 
 

◆「緊デジ」が突破口を開く?

 
 こういった膠着状態に変化をもたらすものとして注目されているのが、「コンテンツ緊急電子化事業 (緊デジ)」 と 「著作権法の改正」 である。
 経済産業省は2012年度中に既刊書籍6万冊を電子化する目標を掲げ、今年3月、「コンテンツ緊急電子化事業」 を立ち上げた。大手出版社・大手印刷会社が20億円、産業革新機構が総額150億円を出資して設立した (株)出版デジタル機構が業務を請け負う。著作権についても、同機構がとりまとめて交渉や管理に当たることを計画している。
 ただ、このプロジェクトについては、なにやらきな臭い疑問点もある。主旨に本来無関係な 「東北振興」 をうたっているのだ。
 具体的な施策としては、東北6県の出版社については、デジタル化にあたり2/3が補助される (通常は1/2)。また東北を題材としたコンテンツや東北出身の作家が書いたコンテンツなどは、優先的にこのデジタル化の対象と認定されるという。「被災地域における新規事業の創出や雇用の促進」 「被災地域における知へのアクセス向上」 などがうたわれているが、「電子書籍市場を活性化する」 というそもそもの設立目的に純化できないことは、事業の効率化において、必ずやアキレス腱となろう。
 
 

◆「著作物隣接権」の功罪

 
 著作権法改正についても、官製の弱点は否めない。文化庁の検討会議、総理が主催する知的財産戦略会議や、出版社と超党派議員で組織される 「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」 などが研究を重ねており、いずれも改正案として、権益を確保できない出版社に配慮して 「『著作物隣接権』 などの新しい権利を出版社に与えるべし」 とする方針を示している。もし認められれば、著者だけでなく、出版社も電子書籍配信の許諾権を持つことになる。このことは、「出版社がコンテンツの電子化に同意せず “塩漬け” にした場合は著者が出版社に与えた権利を引き上げられる」 との解決策を盛り込む案も出てはいるが、権利の所在がより複雑になってしまい、電子書籍化が遅れる可能性が高まることを意味する。特に紙媒体の売れ行きにも影響する価格の設定交渉では、出版社が電子化への拒否権を振りかざすことも予想される。
 電子書籍コンテンツは、友人に貸すことも中古で売ることもできない。ユーザーにとって、資産としては紙媒体に劣るものであり、在庫負担や印刷、流通などのコストがかからない以上、安く提供されるのが当たり前と感じられている。紙媒体の売れ行き確保のために価格が高止まりさせられるようであれば、やはり電子書籍は普及しないだろう。
 
 

◆電子書籍維新は日本経済の試金石

 
 拡大著しいスマートフォン市場において、日本のメーカーはアップル、サムスンの後塵を拝している。かつて独壇場だった小型デジタルアイテム市場での敗北は、国家経済にとって、大きな暗雲を意味する。
 電子書籍ビジネスは、ほぼ100%の識字率を誇る我が国ならではの巨大市場の一つだ。総体的に知的レベルが高い1億2,000万人は、世界的に見ても非常に魅力的な市場であり、AmazonのKindle、Googleのネクサス7、アップルのiPadなども、日本市場の本格的な開拓を虎視眈々と狙っている。出版電子機構の設立や関係法令の整備によって、コンテンツ確保に要する手間が省かれれば、一気にこういった黒船が押し寄せる可能性は高い。
 電子書籍事業を外国勢に席巻されることは、単に経済的なチャンスを失うだけでなく、文化の危機にもつながる。「縦書き」 「ルビ」 など、日本独自の文字文化も、外国勢にとってはコストと比較する対象でしかないだろう。
 一敗地にまみれたスマートフォン市場の二の舞にならないよう、今度こそ国内市場を守れるか。電子書籍市場での勝敗は、この国の経済的・文化的行く末を占う一戦でもある。
 
 
 
 

 執筆者プロフィール  

谷垣吉彦 (Yoshihiko Tanigaki)

 経 歴  

ライター・販促ディレクター。全国紙、不動産大手、医療関係など多彩な分野の販促ディレクションにかかわる。ライティング分野は多岐にわたり、2001年には大阪ミレニアムミステリー大賞を受賞。

 
 
 
 

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