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コラム ドクターの手帖から vol.5 前を向く。怖がらない。 ドクターの手帖から  メディポリスがん粒子線治療研究センター長/医師

コラム
 

患者と家族の思いも一緒に「聞く」

 
 今回は、がんだけでなく全ての医療において大切な「患者さんとの対話」のあり方、そして「生活習慣病としてのがん」との向き合い方についてです。
 
 私は、患者さんがご親族をともなって相談に来られた時には、患者さんご本人だけでなく、付き添いの方皆さんとも個別にお話をさせていただいています。
 理由は、がんの治療では患者さんのご家族にも様々な面でご負担を強いることになるので、当事者である方々に、治療についてきちんと説明したいというのが1つ。そしてもう1つは、家族の中で病気のことをどんな風に話し合ってきたのか、医師として知っておきたいからです。
 
 以前、こんなことがありました。肺がんで療養中という中国人の高齢の男性が、息子さんなどご親族と一緒に訪ねてこられた時のことです。男性はこのために来日したそうで、日本語が話せません。先に息子さんたちをお呼びして「ご本人にはどう説明しているんですか?」と聞いたところ、肺気腫だと伝えてあるとのお答えでした。
 続いて、男性ご本人と面談。指宿のセンターには中国人の医師がいるので、こういう時に助かります。「向こうのお医者さんにはどんな病気だと?」「肺気腫と聞きました」「タバコ、よく吸うでしょう?」「はい、13歳からずっと(笑)」──肺気腫も肺がんと同じく喫煙者に多い病気。禁煙を強く勧めたのは言うまでもありません。
 
 話していて、私はピンと来ました。このおじいちゃんは多分、自分の本当の病気が何かをわかっているんだなと。特に仄めかすような言葉もありませんでしたが、医師生活が長くなると、こういうことには勘が働くようです。
 
 自分はがんだと気付いている。けれど、病名を伏せている家族の優しさがわかるから、知らないふりをしてここまで来て、治せるものなら頑張ろうと覚悟を決めている。私の想像に過ぎませんが、おそらくそんなお気持ちだったのではないでしょうか。
 患者さんだけでなく周りの皆さんからもお話を聞くことで、家族の思いや、患者さんの家族への思いにも触れることができます。それらを合わせて参考にしながら治療に当たることが、私の口癖である「幸せな医療」の第一歩だと考えています。
 
 

治療に前向きな気分を育てる懇話会

 
 患者さんやそのご家族との対話の機会を多く持つために、センターでは月に5回ほど、ロビーでの懇話会を開いています。がんの基礎知識や治療に当たっての心構えをわかりやすくお話しするのが私の役目。「がんは自分の体でつくられる病気だから、自分から治る気にならないといかんよ」──こんな調子で、診察室よりも気楽に聞いていただけるように努めています。
 
 治療の話題は、センターが行う粒子線治療のことばかりではありません。たとえば、抗がん剤について。抗がん剤というと副作用の話がついて回り、怖いイメージを持たれる方も多いでしょう。しかし、近年の進歩は目覚ましく、中でも白血病の治療にはかなりの成果を上げています。
 とはいえ、白血病の患者さんが抗がん剤治療を続ける間、つらい苦しみを経験することは確かです。それは並大抵ではない忍耐を必要としますが、それでも頑張り通せるのは、実際に治った人の姿を見ているからなんですね。
 
 昔は抗がん剤の効き目が今ほどではなかったせいもあり、特に入院中の患者さんは、結局治らなかったというような、悲観的な話のほうを多く耳にしたことと思います。
 しかし、当時も今も、治った人は退院して元気に生活していて、その数も年月が経つにつれて段々と増えている。患者さんがそういう明るい部分に目を向けて本気で取り組めば、抗がん剤には大いに可能性がありますよ──と、皆さんの不安が少しでも和らぐようにお話ししているわけです。
 
 前にもご紹介しましたが、この懇話会もまた、N・カズンズの言う医師と患者の「協働作業」の一環にほかなりません。時には医師が患者さんを教育して、一緒に病気に立ち向かう準備をしているのです。
 
 

自分の生活習慣といかに向き合うか

 
 懇話会ではほかにも、がんになったら生活習慣を変えなさいという話をよくします。締めのひと言は「だって生活習慣病なんだから」です。
 
 生活習慣を変えるといっても、まだ健康なうちから気にし過ぎるのはよくありません。さっき、ヘビースモーカーの男性に禁煙を勧めたと書きましたが、がんとタバコの因果関係に疑いはないものの、いくら吸っても罹患しないまま一生を終える人もたくさんいます。がんにつながる生活習慣は1人ひとり違うので、偏った食事がいけないのか、運動不足が原因か、それともやはりタバコの吸い過ぎか、がんを発見する前に知ることは難しいのが現実なのです。
 ならば、「がんに罹らない生活習慣」を追い求めて神経質になるより、普通に肩の力を抜いて生きたほうがいい、と私は思います。そして、もしがんになってしまったら、医師と相談の上、素早く生活習慣を変えていけばいいのです。
 
 ひとつだけアドバイスするなら、免疫を下げないよう、何事にもクヨクヨしないこと。病気だって人生の一部。明るく向き合うことから活路が開けるということを覚えておいてください。
 
 
 
 
 ドクターの手帖から
vol.5 前を向く。怖がらない。 

 執筆者プロフィール  

菱川良夫 Yoshio Hishikawa

メディポリスがん粒子線治療研究センター長/医師

 経 歴  

1974年、神戸大学医学部卒業。医学博士。放射線科専門医としてキャリアを積み、90年にヨーロッパ放射線治療学会小線源治療賞を受賞。2001年から2010年3月まで兵庫県立粒子線医療センター院長を務め、2010年4月から現職。神戸大学客員教授、鹿児島大学客員教授、順天堂大学客員教授を兼任。粒子線治療の第一人者として普及啓発活動に力を注いでいる。著書に『「がんは治る!」時代が来た』

 オフィシャルホームページ 

http://www.medipolis-ptrc.org

 フェイスブック 

http://www.facebook.com/yoshio.hishikawa

 ブログ 

http://ameblo.jp/ptrc

 
(2014.9.10)
 
 
 

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