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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第22回はディテクティブ・サスペンスの名作 『夜の大捜査線』(1967年・アメリカ) から、“自分に気付く”
 
 
 いやー、どうかしてる暑さだ。地球自体どうかしてる。昔はもっと涼しかった。人間の数が増えて好き勝手なことばかりしてるからだろう。社会もどうかしてる。人が譲り合わない。意地の張り合いばっかり。仲直りしない。どうなろうと歩み寄らない。自分を押し通す。人より何より自分だ。車の渋滞列の中に割り込むのも命懸けだ。ハイどーぞ、と間に入れてくれる車はない。譲ってしまうのが悔しいのか。割り込むとクラクションを鳴らされ続けて、後を追いかけられる。「謝れ」 とばかりの恐ろしい形相で。窓を黒くした一人乗りのワンボックスカーなど要注意だ。犯罪心理学の先生が言っていた。幼い時に、親から教えられなかった結果だと。恥ずかしい社会だ。
 国家も同じ。歩み寄らないと解決しないのに、わが国益、国益とそればっかり。だから、いつまでも国益にならず、いがみ合ってる。いがみ合うどころか脅し合う。脅しが効かなければ核兵器まで持つつもりか。そんなモノを使って人類史の恥と言われたい奴がいるのか。いがみ合いだけでは何の得にもならない。みっともない世界だ。
 
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『夜の大捜査線』 1967年・アメリカ
DVD発売中 ¥1,890 (税込)
 恥かしい自分に気付かされる映画がある。お台場の大捜査線じゃあるまいし 、誰がこんな大げさな邦題を付けたか知らないが、これぞ、ディテクティブ・サスペンスの逸品。お忘れなく!
 こっちも冒頭から、思考停止になりそうなくらいな、アメリカ南部の熱帯夜だ。ムシ暑い夜こそ、暑い映画がいい。冷しソーメンもいいが、夏こそ、すき焼きだ。レイ・チャールズが唄う 「In the Heat of the Night」 (映画と同タイトルの 『夜の熱気の中で』) ブルースがミシシッピの田舎町に聞こえる中、身なりのいい黒人が一人、列車から降り立つ。ここから心が鷲掴みにされること間違いなしだ。この男はいつまでも白人といがみ合っていても無駄なことぐらいはわかっている。でも、まだまだ白人と黒人のいがみ合いが露骨に残るこの田舎は(多分、真夏じゃなく10月頃にぶり返すインディアンサマーの頃か)、ただならぬ雰囲気の暑さだ。白人巡査のサムがパトカーで巡回に出ると、いつもの家の窓に見えるのは(サムの巡回に合わせて必ずやってくれる)16才にはとても見えない全裸少女のストリップショーだ。のぞきにうつつを抜かすサムもアホだが、これだけ暑いといろんな人間が事を起こす(日本の夏の夜も変な事件だらけか)。
 
 案の定、サムは人通りのない街角に倒れている男を発見する。そこに、ガムをクチャクチャ噛む以外やることが何もないような暇な白人署長も駆けつける。死体は、町の実業家で財布も取られている。久しぶりの強盗殺人! 色めき立つサムは、すぐに駅にいた黒人を署に連行して来る。黒人差別が激しいガムクチャ署長も、そいつが財布に金を一杯入れているので一件落着かと思って取り調べてみる。と、その黒人こそ、ティップスという(なんと大都会!の)フイラデルフィア署の殺人課の刑事で、故郷の母を見舞った帰り、列車の乗り継ぎのために駅にいたというわけだ。おまけに、フィラデルフィア署の本部長(上司)から、電話でその捜査にティップスを協力させると言われるガムクチャ署長(こっちは田舎の支店長)は堪らない。
 頑迷固陋な者が、急に立場まで逆転してしまってはみっともない限りだ。癪に障るが仕方ない(こういう人、可哀相だけど、よくいらっしゃる)。本社の上司が現れては支店の気は曲げたくないが、ガムクチャもなんせ今まで殺人捜査の経験などまったくなかったものだから従うしかない。悔し紛れに、「おまえ、“黒人” にしてはエエ名前やな、本社で何て呼ばれてんや?」 と聞いてしまう。(まだ公民権運動真っ只中のこの時代は、白人主義者たちは “ニガー” という差別語を恥ずかしげもなく平気で使っていた。この署長も “ニガー” とわざと言っていた)。「私は、ミスター・ティップスと言われてます」 と黒人刑事も怒りを押しこらえながら、応える。
 
 町の白人たちから、高級スーツのティップスに浴びせられる “言葉の暴力” が後を絶たない。「どうして、オマエが白人の服なんか着てんだ?」 「本当は、オマエなんか射ち殺していたとこだ」・・・。それでも、ミスター・ティップスはその傲慢な署長を助ける職務として、めげずに犯人を捜していく。やっぱりだ! (冒頭の)16才のあのホットなストリップ少女が絡んでいることもわかる。あの娘を孕ませた奴はどこで助けてもらうかな? 闇で堕胎処理をする黒人女も探し当てる。ティップスは持ち前の鋭い勘を頼りに、ついにアメリカ南部が抱える人間の恥部を暴き、映画は終わる、と思いきや、列車で帰るティップスを、ガムクチャ署長が駅まで送ってくれる。
 別れ際に、恥ずかしそうに署長が 「・・・元気でな」 と。初めての笑顔が爽やかだ。ティップスも笑顔で返すしかない。出来の悪かった白人が、出来のいい黒人に人生を諭されたのだった。
 
 
 アメリカにはこんな素晴らしいアカデミー賞作品があった。脚色賞も編集賞も当然だが、ガムクチャの黄色のサングラス署長(名優ロッド・スタイガー)は、自分の恥に気付いたことで、主演男優賞を貰った。ティップス刑事? もちろん、カッコ良かったよ、彼一人だけ、恥ずかしくなく生きていた。 
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画で監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞。以降、『晴れ、ときどき殺人』(84年)、『二代目はクリスチャン』(85年)、『犬死にせしもの』(86年)『岸和田少年愚連隊』(96年)など、社会派エンターテインメント作品を発表。『パッチギ!』(04年)では05年度ブルーリボン最優秀作品賞をはじめ、多数の映画賞を総なめに。舌鋒鋭い「井筒とマツコの禁断のラジオ」(文化放送)など、コメンテーターとしても活躍。『黄金を抱いて翔べ』のDVDが絶賛レンタル中。

 
 
 
 
 

 

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