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映画は喧嘩や。ビジネスもそうやないんかい ―― 映画監督・井筒和幸が私的映画論にからめて、毎回一つのキーワードを投げかける。第10回は 『青春残酷物語』(1960年・日本) から、“残酷”。
 
 
 よっし、とにかく今年も頑張ってみよう! と自分を奮い立たせていた矢先、映画作家の見本のような、先達が逝った・・・。わが青春の憧れ、大島渚だ。高校に入ったばかりの頃、『絞死刑』 を、大阪のATG (アート・シアター・ギルド) 系の小さな映画館で観た。アート・シアター・ギルド製作のモノは東京と大阪の二館でしか封切られていなかったから、観るのに必死だった。小遣いからジュースを買うぶんだけ残して、『帰って来たヨッパライ』 や 『新宿泥棒日記』 も立て続けに観た。フォーク・クルセダーズの三人組が主人公だったり、横尾忠則が万引き青年役だったり、解ったような解らないような、小学生でも解るような戦争映画 『特攻大作戦』 や 『007は二度死ぬ』 ばかりに現をぬかしていた15才の少年にとっては、映画は一回観ても絶対に解らない、何度も何度も修業のように観なければ理解できない芸術なんだと、初めて知ったのも大島渚の “映画” からだった。食い入るように観て、偏頭痛がして耳鳴りが続いた。解らないのが悔しくて、また何日かして学校を抜け出して観に走った。それでも解ったような解らないような、そんな微熱に冒されながら、毎日毎日が映画の不可解さに引きずられた。煽情的な事件モノかと思って観た 『白昼の通り魔』 も、心中するような男女関係ぐらいは16才で解ったが、そこから先がとても複雑な筋立てで解らなかった。オレも早く、こんな映画ぐらい今にすぐ解るような大人になってやるぞ、オレも映画で作り返してやろうとさえ思った。大島渚は、そんな挑発的な、誰にも作れない映画ばっかり作って迫ってくる、そんな作家だった。
 
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 それから十数年後、ボクは、仕上がったばかりの自分の映画を、久しぶりに大島渚に試写で見せた。どう評価してくれるか楽しみだった。見終わるや、彼がいきなり言った。「イヅツ君、あの俳優だけは、善人だか悪人だか判らないのが良かったね、俳優が演じる役柄には善も悪もないのよ。見るからに悪人面をして現れる役者も愚かだけど、善人面をしてラストまで生きるしか能がない役者は目も当てられない。そして、そんな脚本しか書けない脚本家はもっとつまらないし、その通りに演出する監督はもっとつまらない」 と。大阪の居酒屋で呑んだ時も、大島は言い放った。「イヅツ君、人間ってどうして働かなければならないのかなって、ボクは京都の大学生の時から思ってたんだけど。どうして人間は、自分を無理に売ってまで生きていかなければならないのか、人間が、誰かや何かにどうして身体も心も売るのか、そんな不自由なことまでして生きる気はしなかったんだよ、終身雇用の仕事なんかする気もなかったね、もっと自分しか作れないモノを作りなさい」 とも。そう言われるとボクも、無理にどこかに身体を売って生きていかなくてもいいのかと安堵したものだった。だったら、生きるとは一体どういうことだろうと、またボクは思い巡らせた。そうか、こんなことに悩むこと自体が、生きるってことなのかと。
 
 60年当時の、ダラダラと当てもなく生きる若者の生と性を切り取った 『青春残酷物語』 で語られる青春も、けっして自由気ままとはいえず、ホントに無残そのものだ。ダラダラと生きる大学生が、ホテルに中年男に無理やり誘われた女子大生を助けてやる。翌日、二人はデイトして仲良くなる。男のほうは人妻とも関係を持っていたが、それでも二人は同棲しながら、二人で、中年男たちをカモって騙しては金を巻き上げて暮らし始める。そして、女は妊娠する。男は堕胎しろと言う。そのためにも “美人局” の行為は続けるしかないんだと。無計画でアナーキーな彼は、やがて、警察に逮捕されて破滅へ向かっていく。“オレたちは、自分を道具や売り物にして生きていくしかないんだ。世の中がそうなってるんだから仕方ないんだ“ と、この世に生きる残酷を嘆きながら・・・。この映画は、大島渚が20代で撮った一番解りやすい “若き大島渚の悩み” だった。こんなモノを見たら生きていくのが余計に辛くなるって? いや、そんなことは心配無用だ。むしろ、がむしゃらに生きたくなる。これ以上、ストーリーは語らないが、生きる残酷を知るにはもってこいだ。ボクも、20代にこれを見てもっと自分を生きてみたくなった。
 
 
 彼が、捕虜収容所の物語 『戦場のメリークリスマス』 を撮ることになった頃、戦争を知らないボクらに語っていた。「戦争シーンは絶対に作らない、国のために人が殺し殺されるのをどうして見なければならないのか、戦争は見せ物じゃないからね」。中学生の頃に自分は25才ぐらいで死ぬんだと思い込んでいた彼が、戦争をいかに憎んでいたか、ボクは今も、その頃の横顔を思い浮かべる。大島渚FILMはもう二度と見られない。これもまた残酷なことだが、この場を借りて追悼します。 合掌
 
 
 

 執筆者プロフィール  

井筒和幸 (Kazuyuki Izutsu)

映画監督

 経 歴  

1952年、奈良県生まれ。県立奈良高校在学中から映画制作を始め、1975年、高校時代の仲間とピンク映画『行く行くマイトガイ・性春の悶々』を製作、監督デビュー。1981年『ガキ帝国』で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降『みゆき』(83年)『晴れ、ときどき殺人』(84年)『二代目はクリスチャン』(85年) 『犬死にせしもの』(86年)『宇宙の法則』(90年)『突然炎のごとく』(94年)『岸和田少年愚連隊』(96年/ブルーリボン最優秀作品賞を受賞) 『のど自慢』(98年) 『ビッグ・ショー!ハワイに唄えば』(99年) 『ゲロッパ!』(03年) 『パッチギ!』(04年)では、05年度ブルーリボン最優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得。『パッチギ!LOVE&PEACE』(07年) 『TO THE FUTURE』(08年) 『ヒーローショー』(10年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。最新作『黄金を抱いて翔べ』のDVDは2013年4月2日より発売(発売元:エイベックス・マーケティング/販売元:ハピネット)。

 
 
 
 

 

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