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フランス人の歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏の著作を知ったきっかけは、今年の東京都知事選挙でした。自民党の小池百合子氏が党の推薦を得ず立候補。怒った自民党は党都連が立てた増田寛也氏を推薦し、そのときに党都連が所属議員に「家族・親族を含めて増田以外の候補を応援したら党から除名する」と通告した、あれです。
 
もちろんメディアは「家族の思想信条は別だ!」と非難ごうごう。「自民党オワタ」の声がネットを覆ったわけですが、評者は正直、「でもなぁ・・・」と思っていました。だって、そうやってきたでしょう日本は。選挙では権威者が動かす組織票で大勢が決まり、国会は圧倒的勢力の与党に、決して一定以上の勢力にならない弱小野党が複数――。この構図、実は、世界の家族形態と文化的・政治的傾向の関連を示したトッド氏の代表作『世界の多様性』(2008年・藤原書店)によれば、7形態のうち「権威主義家族」に分類される地域に共通の特徴なのだそう。日本は、つまりはそういう国らしいのです。
 
「家族の思想信条は自由だ!」と言いながら、本音では「うちはそういう家なんだから」と、家の権威(父と長子の権威)に同質化するのが自然な国。自然が全部正しいとは言いませんが、日本で物事を決めるにはこの部分も込みなのだということを、「主流感」というまた別の権威で当選したように見えた小池氏から、感じました。
 
『問題は英国ではない、EUなのだ』はそのトッド氏の時事論集。時事論評はリアルタイムで発表されるものなので、初出は総合誌への寄稿だったり講演だったりで、本書のために書き下ろされたのは第三章「トッドの歴史の方法」のみです。が、それでも充分お買い得でしょう。初出を読んでいない人はWebのまとめ記事を読むように著者の言葉をまとめて追えますし、第三章は自身の生い立ちや学生時代からの知的遍歴をトッド氏自ら語る魅力的な内容です。割合的にも全体の三分の一を占めています。
 
また、前書き「日本の読者へ」には、自由の国・フランスで自由な時事批評ができず、かえって日本で精神の開放を味わったことが書かれています。確かに、雪の箱根でホテルに泊まって富士山を眺めながらゆったり口述した雰囲気がくつろいだ語り口に出て、特にこの章は読んでいて気持ちがいい。そのいっぽう、EUでは今、普遍主義の国フランスを筆頭に、自由をめぐるパラドックスが起きています。詳しくは97~100ページ、242、243ページを読んでいただくとして、他の各章から節見出しをごく一部抽出します。
 
 
日本の読者へ――新たな歴史的転換をどう見るか?
第二次大戦後の三つの局面/ネオリベラリズムがもたらした移民問題/知的ニヒリズムとしての経済主義
 
1 なぜ英国はEU離脱を選んだのか?
英国議会の主権回復こそ離脱の動機/「西側システム」の終焉/フランス・エリートの歴史的トラウマ――ドイツ恐怖症
 
2 「グローバリゼーション・ファティーグ」と英国の「目覚め」
普段はおとなしい英国の労働者階級の反抗/「グローバリゼーション終焉」の始まり
 
3 トッドの歴史の方法――「予言」はいかにして可能なのか?
数値の「比較」から「社会の多様性」へ/「外婚制共同体家族の分布図」と「共産圏の地図」の一致/核家族こそ最も原始的な家族形態/ネオリベラリズムの根本的矛盾――「個人主義」は「国家」を必要とする/イギリスの断絶文化とフランスの継続文化/家族システムから見たスンニ派とシーア派
 
4 人口学から見た二○三○年の世界――安定化する米・露と不安定化する欧・中
ロシアの復活/ウクライナ危機の真相/不安定なドイツ社会
 
5 中国の未来を「予言」する――幻想の大国を恐れるな
中国を過大評価する欧州エリートの思惑/本来、格差を許容できない中国の価値観
 
6 パリ同時多発テロについて――世界の敵はイスラム恐怖症だ
「私はシャルリ」デモの自己欺瞞/真面目すぎるドイツ人のリスク/各国で君臨している“シャルリ”
 
7 宗教的危機とヨーロッパの近代史――自己解説『シャルリとは誰か?』
フランスにおける戦後の脱宗教化とその政治的影響/世界の多様性はなぜ保たれるのか?
 
編集後記
 
 
つくづく感じるのは、世界的に経済国家から国民国家への回帰が起きていること。グローバリゼーション×ネオリベラリズムのセットで世界の経済国家化を先導してきたアングロ・アメリカンが、ネオリベ的であることに自ら疲れ、同種の動きが各国で現れていること。イギリスがEUを離脱し、アメリカ大統領がドナルド・トランプ氏に決まった今、あらためて、「日本という国の文化で育った」「日本人である」ことを、アイデンティティの一面に意識してみようと思いました。

 
(ライター 筒井秀礼)  
 
『問題は英国ではない、EUなのだ』
著者 エマニュエル・トッド
訳者 堀茂樹
株式会社文藝春秋
2016/9/20 第1刷発行
ISBN 9784166610938
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価格 本体830円
(2016.11.16)
 
 
 
 

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