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東京都条例の「太陽光発電設備設置義務化」は是か非か

 
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出典:国土交通省北陸地方整備局用地部
「太陽光発電」をめぐってはなぜこんなに各方面で紛糾するのかと思うご時世だ。業務上横領の疑いで東京地検特捜部から家宅捜索を受けた投資会社社長と、政府の成長戦略会議で太陽光発電の肩を持ったことが利益誘導に当たると批判されている国際政治学者のその妻。同じく特捜部から任意聴取を求められている間に日比谷公園のトイレで自殺体が発見されたが、その筋に詳しいジャーナリストの取材で「関係者に口を割らないよう警告するための見せしめの他殺」の線が浮上したソーシャルレンディング会社社長――*1
 
東京地検特捜部が動くときはすべからく政治家案件だそうで、「太陽光発電」は今やすっかり「利権」「収賄」「詐欺」の隠語と化した面がある。
 
そんななか、東京都は昨年12月、新築住宅への太陽光発電設備の設置を義務化する条例を都議会で成立させた。2025年4月からは、都内で分譲・注文住宅を延床面積20000㎡以上(年間)供給するハウスメーカーは、床面積が2000㎡に満たない中小住宅に関しても、発電条件に合えば屋根に太陽光パネルを設置して売ることが義務となる。
 
注文住宅の施主ないし分譲住宅の購入者は、「発電条件はそろっているかもしれないけど、自分は太陽光発電なしでこの家を買いたい」と言えば、ひとまずは希望を聞いてもらえるだろう。ただし、義務量を消化できなかったハウスメーカーはそのぶんを他の物件にしわ寄せせざるを得ない。違反した場合――取り組みが不十分と見なされた場合には都が「指導・助言・勧告・事業者名公表等を行い、適正履行を促進」するという*2。罰則規定こそないものの、例えば不動産会社が都庁から行政指導を食らって宅建業免許番号が(1)に戻るのを嫌う程度には、各措置はハウスメーカーにとって屈辱であるに違いない。
 
この条例には、例えば明治大学経済学部教授の飯田泰之氏は案が出た当初から、国民(都民)の経済活動の自由権を侵すもので憲法違反の疑いさえあるとして反対している*3。実際的なロジの観点から実現不可能とする見方もある*4。都は条例が目標とする200万kWぶんのパネルを満量設置できれば都内の電力消費量の4%程度がまかなえると試算するが、これをあえて義務にするほど大きい数値と見るか、小さい数値と見るか。評価は割れそうだ。
 
 

住宅の断熱性と脱炭素

 
都は太陽光パネルの設置義務化に踏み切ったが、その上の国の法令では義務にまではならなかった。昨年6月成立の改正建築物省エネ法の眼目は大きく二つ。断熱性能の強化と木材利用の促進である。
 
日本の住宅は欧米諸国に比べて断熱性がかなり良くないことが一般市民にも認識されるようになったのは、比較的最近になってからだと思う。もちろん、以前から、北海道出身者と話すたびに「東京の家は寒いね。北海道だと屋内は全然温かいよ」「へぇー。すごいね」などという会話はしていたのだが、それはある種のご当地ネタというか、TVバラエティ『秘密のケンミンshow』のノリというか、地域の特色をおもしろがる文脈でのことだった。
 
それがここ数年、具体的には日本在住で日本語を話す海外出身者のYouTubeチャンネルが増えてからだと思うが、彼らが出身国の住宅と日本で今住んでいる住居とでは断熱性が全然違うと話すのを聞いて、「日本ってそうなんだ・・・」とあらためて認識したのではないか。北海道民の感想はあくまで共同体内における差異あるいは個性の文脈で聞くのに対し、海外出身者のそれは外部の視点からの指摘になるということだ。
 
「実はそうだったんだ・・・」という自覚が生じやすいのは後者である。そこに「断熱を良くして室内快適!」とか「窓の断熱を工夫して結露とおさらば!」というライフハックが生まれた。と同時に、「脱炭素」という公のムーブメントが覆いかぶさってきた。
 
断熱はあくまでライフハック、いわば〈私〉の領域のことである。いっぽう太陽光発電は、本来〈私〉の領域で語れるし語り切るべきであるかもしれないのに〈公〉が前面に来ている。太陽光パネル設置と断熱化とでは本来「公共の福祉からの要請」と「市民の私的幸福追求権」との建付けが違っている。事業者を通じて間接的にではあるにせよ、都がパネル設置を“義務”にしたことはこの建付けの違いを無視することであり、民主主義国家においては到底許されない――。条例反対派の識者はそう主張しているのだ。
 
 

公共の福祉とライフハック

 
「公共の福祉」という概念をもう少し具体的に見てみよう。わかりやすいので国土交通省北陸地方整備局のWebサイトからイラスト図解を引用する(冒頭参照)*5。この図は土地の例で、所有者は建物と一緒にまるっと用地買収に応じているが、今回の改正建築物省エネ法はいわば建物の屋根、壁、床等を部分貸しで提供させるようなものである。
 
区別すべき点は、壁や窓、床、屋根などの断熱性は居住者の生活の快適性に一次的に作用することだ。だからこそライフハックなのであり、〈私〉の領域に事柄が留め置かれる。それに対し太陽光発電は、「省エネ化」による「電気代の節約」という二次的回路で作用する。
 
「脱炭素に貢献する満足感は居住者の主観であり一次的ではないか」という反論はありうるが、本邦は民主主義国家である。〈公〉と〈私〉では常に〈私〉が起点であり、太陽光発電も、「電気代の節約」が前段階で脱炭素にも貢献していたとするのが自然だ*6。だからこそかくも手厚く補助金を付けるのではないか。特に興味のない市民からも徴収した税金や賦課金を原資にして。
 
 

プチプチはどこまで貼るか

 
ところで断熱といえば一番目についてわかりやすいのはやはり窓だ。それもガラス面ではなくサッシに注目したい。日本では窓サッシはアルミ製が普通だが、欧米先進国ではアルミサッシは熱伝導が良すぎる(=断熱性が悪すぎる)から使われない。国が定める断熱性能基準(外皮平均熱貫流率・UA値)を満たせないから使えないのだ。各国の基準をUA値(低いほど高性能)で比較すると、アメリカ0.43、イギリス0.42、ドイツ0.4、フランス0.36に対し、日本の現行基準は1999年に改正された0.87だ。しかしこれでも「次世代省エネ基準」と呼ばれている。1992年までは1.54だった*7
 
今回の改正建築物省エネ法では、品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)で今まで最高グレードだった「断熱等性能等級4」が、2025年4月以降に新築される建築物では最低限義務としてクリアすべきグレードに落ちる。代わって昨年新設の等級5~7がハイグレードになる。なお、関連各業界の開発および販売努力の賜物か、現状でも新築物件に関しては8割がすでに等級4を超えているが、既存の建物はまだ12~13%に留まるそうである*8
 
なるほど断熱のライフハックが流行るわけだ――と、今冬西側の窓に貼ったダイソーの断熱シート(プチプチ)を眺めながら思ってみる。1993年築の賃貸に住んで早10年。同じ商品を買った他の人たちとは多分違って、ガラスだけでなくサッシにもプチプチを貼った我が工夫が、我ながらいじらしい。
 
 
 
*1 【削除覚悟】"太陽光発電巨額詐欺"関係者にはあの政治家も...ビッグネームが続々と...(須田慎一郎【ニューソク通信】2023/02/11)
*2 カーボンハーフ実現に向けた条例制度改正の基本方針p43(東京都 2022年9月9日)
*3 小池百合子がまた…。「太陽光パネル義務化」!?ふざけるな!!!(須田慎一郎【ニューソク通信】2022/05/28)
*4 太陽光パネル義務化、実現しない理由 東京都が条例可決も問題山積 中国製の使用は「ジェノサイドへの加担」 杉山大志氏が指摘(zakzak 2022年12月23日)
*5 公共の福祉と私有財産(国土交通省北陸地方整備局用地部)
*6 「省エネ」はまた話が違ってくる。電気をあまり使わないことが純粋に性分に合う人もいるからだ。
*7 持続可能な住生活環境基本計画 第2章 住宅を取り巻く現状と課題(2)住宅ストック(鳥取県)
*8 断熱性能を義務化する「建築物省エネ法」改正法が成立、新たな断熱等級もスタート(Sustainable Brands Japan 2022.06.13)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2023.3.1)
 
 

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