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アジアのみならず、あのアメリカも

 
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Halfpoint / PIXTA
日本は世界有数の、というより世界一の長寿国だと多くの日本人が思ってきただろう。が、2017年にシンガポール保健省とワシントン大学付属健康測定・評価研究所(IHME)が調査したところ、シンガポールが日本を抜いて世界トップになった。シンガポール人の平均寿命は84.79歳、健康寿命も74.2歳でトップ。日本は平均寿命84.19歳、健康寿命は73.07歳だったそうだ*1
 
長寿化=高齢化はタイでも進んでおり、2021年には60歳以上の人口が総人口の20%を超える。新興国が多い“若い地域”だった東南アジアも現在は出生率が下がり気味で、中国にいたっては先月11日に発表された最新の人口センサスで出生率0.85%を記録した*2
 
その中国と現在世界覇権を争うアメリカも、移民(≒若者)が多く入ってくるおかげで高齢化が進みにくかったはずが、2050年に65歳以上人口が2015年対比プラス76%に増えるいっぽう、65歳未満は15%しか増えないと予測されている*3
 
ここまで来ると、「老害」という言葉がその極めつけであるような、高齢者を「社会のお荷物」「資産移転が進まない元凶」などとネガティブにとらえる見方を続けていても追っつかない。もはや表象論的言説は事実に圧倒された。高齢化とそれへの対応は、今や世界共通のテーマになっている。
 
 

Aging2.0とテクノロジー

 
そこでヒントになりそうなのが「アクティブシニア」に続くキーワードである「Aging2.0」だ。これは2011年にアメリカで始まり現在は世界22ヶ所に70拠点を持つ同名の組織が提唱する考え方で、「1.0」が社会保険財政や介護問題など「課題」の側面から高齢化をとらえていたのに対し、「2.0」では課題の側面も踏まえたうえで、ヘルス領域やライフスタイル領域のビジネス機会の宝庫として積極的にとらえる。サービスを提供する主体に関しても、公的機関以外に地域コミュニティにおける民間企業とNPOが重視されており、関連領域は多岐にわたる。
 
一例で、例えば「独居高齢者の増加」に対し、Aging1.0ではもっぱら公的機関の訪問サポートで対処するところ、Aging2.0では若年層の住宅不足問題と高齢者の見守り問題を結びつけ、「多世代同居型シェアハウス」や「ハウスシェアマッチングサービス」創出の機会ととらえることで双方にアプローチする*4。出典の記事は欧米のケースを想定しているようだが、良くも悪くも従来の家族観が通用しなくなった日本でも、社会的空気さえ醸成されれば似た形態の住居・サービスは普及するのではないか。
 
いずれにしてもこのAging2.0、推進役になるのはテクノロジーだ。「エイジングテック」ないし「エイジテック」は必ずしもAging2.0と一義的に紐づく要素ではないが、一種の社会思潮としての――あるいはそうならないと実を結ばないものとしての――Aging2.0が2020年代の世界において何に支えられれば最も強力に実現するかといえば、テクノロジーだろう。
 
 

エイジングテックを金融サービスから始める合理性

 
『TECHBLITZ』はエイジングテックにおける注目のスタートアップ企業として、「金融」「教育」「IoT / ウェアラブル」「ヘルスケア」「不動産」「自動車」「AR / VR」「モバイルアプリケーション」の8業種から14社をあげている*5
 
筆頭の「True Link Financial」は2012年創業で、高齢者向けクレジットカード「True Linkカード」を開発したフィンテック企業。このカードはプリペイド方式で、チャージ残高内でVisaカードとして使える点は通常通りだが、特長は使用状況がAIアルゴリズムで常時監視されており、高齢者詐欺や寄付依頼、電話セールス等のデータベースと照合して不審な決済取引は自動でブロックされる点である。
 
このサービスが筆頭にあがるのは筆者の個人的経験からも納得できる。筆者の親世代、具体的には戦中~戦後生まれの80歳代の、それも地方の田舎の大衆高齢者がテック由来のサービスを利用しようとするとき、必ず尻込みするのが「知らないうちに変な操作で変な契約をしたらどうしよう」だ。端末に入力したのがいかに本人でも、訳がわからないままタップして課金なり何なりが発生すれば当人にしてみればただの詐欺である。額の大小は関係ない*6
 
テック由来のサービスや商品への支払いはほぼ全部がカード決済か口座引き落としで、ようはキャッシュレスだ。そうするとデジタルを解さない人たちは軒並みここでこぼれてしまう。エイジングテックを金融サービスから始めるのは理に適っている。
 
なお、高齢者向けのカードは他にもあるが、大半は家族が利用履歴をチェックする仕組みになっている*7。それを考えると、高齢者が個人の尊厳を損なわずに利用できる点で、もっと言えばサービサーが高齢者を差別せず現役世代と同じ一ユーザーとして認めている点において、True Link Financialの考え方はAging2.0を象徴するものと言っていい。
 
 

分断をよしとしないのであれば

 
サービサーが高齢者を現役世代と同じ一ユーザーとして・・・の文脈からは、ベンチャーキャピタリストでMangrove Capital代表のマーク・トルシュチ氏の指摘も参照したい。同氏によれば、「65歳以上の人はテクノロジーにエンターテインメントを求めていない、高齢者はケアを前提としたサービスやプロダクトを求めている、といったものは古いイメージで、これからは高齢者が自主的に「やってみたい」と求めるプラットフォームやエンターテインメントが必要であり、儲けられるビジネスもそこに隠れている」*8。例えば先述8業種のうち「AR / VR」領域では、買った子ども世代を差し置いて高齢の老親が、VRヘッドセット「オキュラス」のVRゲーム「ビートセイバー」にハマった例が報告されている*9
 
日本は人口ボリュームの最大数を占める団塊世代がこれからシニアになる。この世代は「最後の逃げ切り世代」とも称され、金と時間と余裕を兼ね備えた一群だ。加えてデジタルにも一定の馴染みがある。産業経済の側面からはここを取り逃す手はないだろう。
 
ただ、私見では「Aging2.0」の真価が問われるのはその後。貯蓄がない単身者を多く抱えるロスジェネ世代がシニアになってからの社会的側面においてだ。ここを本格的に手当てしないと長寿経済(Longevity Economy)も何もなくなる。格差による社会の分断をよしとしないのであれば、だが。そして誰もそんな分断は望んでいないと思うのだが、いかに。
 
 
 
*1 平均寿命世界一のシンガポールで活況迎える「エイジテック・イノベーション」最新動向(BEHIND THE FITNESS 2020/10/12)
*2 中国の蹉跌:出生率低下抑えられず日本の協力不可欠(JBpress 2021/5/19)
*3 米国高齢者介護関連市場調査(2018年3月 日本貿易振興機構(ジェトロ)サービス産業部)p3表より計算
*4 高齢化は「課題」から「機会」へ、シニアエコノミーを考えるこれからの視点「Aging 2.0」(BEHIND THE FITNESS 2020/10/24)
*5 【スタートアップマップ】注目のエイジングテック一挙紹介(TECHBLITZ 2019/3/29)
*6 携帯電話の複雑怪奇な料金構成で、あるいは相対的に妥当とは言えない高価なグロスパッケージの料金で、結果的に高齢者を食い物にしなかった通信キャリアがあるだろうか。
*7 JNEWS LETTER 2021.3.30(No.1623)(JNEWS.com
*8 AgeTech起業家に求められる新たな視点「ケア」から「レクリエーション」へ(BEHIND THE FITNESS 2020/10/29)
*9 VRでシニアをアクティブにする仕掛け続々。フェイスブックはオキュラスでフィットネス産業へ参入(BEHIND THE FITNESS 2020/9/26)
 
(ライター 筒井秀礼)
(2021.6.2)
 
 

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