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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

 
 
『高津川』の中で思い入れのあるシーンを聞くと、「すべてのシーンに思い入れがある」と話してくれた甲本さん。その中であえて挙げるとするならば、“セリフのないシーン”だという。
 

何かに気付くきっかけになってほしい

 
引きの画でただ歩いているシーンや、車を運転しているシーン。そういった何も喋っていない場面の数々が特に印象に残っているかもしれません。気が付くと、そういったシーンに一番力が入っていました。観てくださる方にも、斉藤学という男の感情の動きを一番伝えられる場面じゃないかなと思います。
 
軽トラを運転しているところは、映像で見ると僕が運転しているのかもわからないような場面もあります。でも演じている僕は、「斉藤は今家族のことを考えているのかな」「失敗を悔やんでいるのかな」と考えながら表現していました。運転しているときって、一人では喋ったりしないし、笑ったりもしないじゃないですか。感情が表に出ないときに、どう表現するのか。それを考え抜いて演じたからこそ、僕にとっては一番大事な場面ですね。
 
実際に完成した映画を観たときは、大先輩である奈良岡朋子さんと同じ画面に映っていることに感動してしまいました(笑)。というのも、奈良岡さんは僕が会社員だった頃から、テレビなどでその演技を見て尊敬していた方だからです。そんな方と共演できたことが、映画を観たときに実感できて泣きそうになりました。
 
劇場に足を運んでくださる方には、何も構えず、何気なく観てほしいと思います。『高津川』はアクションシーンがあるわけでもないし、サスペンスでもなく、恋愛のかけらもない。“何もない”作品ではあるけれど、“なんでもない”わけじゃありません。
 
映画を観て、何かを見上げるようになるというよりも、ふと足元を見てもらえたらいいなと思います。自分の人生の中で足元を見てみて、「あ、こんなものが自分にはあったんだな」と思ってもらえたら嬉しいですね。みなさんが何か、ふとした幸福に気付くきっかけになってくれたら、それが『高津川』の意味になるんじゃないかな。
 
 
もともと会社員として働いていた甲本さん。俳優に転身するのにはどのようなきっかけがあったのだろうか。「何かを始めることは怖いことではない」と語る甲本さんに詳しくうかがった。
 

俳優へのチャレンジで自然体になれた

 
僕が働いていた時代は、週休1日が一般的だったこともあり、日曜日の休みだけが唯一の楽しみでした。土曜の夜も上司に連れまわされていましたね(笑)。職場の人間関係に悩んだり、理不尽だと感じることが多かったり、きっとそういった悩みを抱えている方は今の時代にもたくさんいると思います。
 
その頃の僕の楽しみの一つがレンタルビデオ店で映画を借りて観ることでした。レコードをジャケ買いするように、目についたものは何でも観ていましたね。当時の僕は、会社員として定年まで仕事を全うして生きていくことに違和感を覚えていまして。変化を求めていたんです。そうした中で、「俳優って、演じる役柄によって職業が変わるし、人生に変化を得られるんだな」「だったらそっちの道に進んでみたいな」と思ったんですよ。
 
新しいことへのチャレンジに対する恐怖はありませんでした。それよりも、続けてきた仕事をやめることのほうが怖かったですね。僕はもともと何かをやめることが苦手だったのだと思います。だから、実際に退職したときは「俺、やめられるんだ!」という気持ちになったのを今でも覚えています。
 
「向こう見ずなことをしたね」と言われることもありました。でも、僕はそのとき「やっと自然体になれた」という気持ちでしたね。「続けなければいけない」という思いから解放されたことでとても楽になれましたし、なんでも始められることが嬉しかったです。
 
ただ、実際に俳優として活動するようになってしばらくは、演技の楽しさはわからなかったんですよ。演技をしたいというより、ものづくりの現場に参加したいという気持ちが強かったですね。でも続けているうちに、いつの間にかすごく楽しくなっていたんです。それは、力の抜き方を知ったからなのかもしれません。