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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

 
なかなか実力を発揮できない状況の中、関根さんはどのように仕事と関わっていたのだろうか。当時のお考えをうかがった。
 
 

時代の移り変わりを見た

 
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とにかく30歳までは頑張ってみようと思っていました。そうしたら、スタッフにも共演者にも同年代の人が増えてくるだろうと考えていたんです。思った通り、その後すぐに『ぎんざNOW!』の「しろうとコメディアン道場」を通じて、小堺一機君や柳沢慎吾君もこの世界に入ってきました。
 
それ以前は、芸人は師匠についてかばん持ちをして、師匠に認めてもらってお仕事がもらえるという、とても狭い世界だったんです。でも、『ぎんざNOW!』では5週勝ち抜けば芸人になれるというので、多くの人から応募があったそうです。
 
僕がデビューしておよそ10年後には、吉本興業さんがNSCを設立しましたしね。その一期生がダウンタウンですよ。それからは爆発的にコメディアンが増えました。やっぱり時代が動いたなと思って見ていましたね。
 
当時と今では業界の常識もまったく違います。僕は『カックラキン大放送!!』という番組で、カマキリ拳法というアドリブネタをやっていまして。どうやら、それが相当気持ち悪かったみたいなんですよ(笑)。でも当時はSNSもなかったし、視聴者の声はなかなか届いてこなかった。だから、僕はそう思われていることを知らなかったんですよね。
 
当時に比べて、過激なお笑いはできなくなってきていると感じます。お笑い芸人の中には、やりづらくなったと感じている人もいるでしょうね。僕の場合は、過激な芸は『カックラキン大放送!!』で卒業したから大丈夫です(笑)。
 
 
「テレビが昔から大好きだった」と語る関根さん。その思いは、現在の仕事に対するスタンスにも大きくかかわっているという。
 
 

テレビは魔法の箱

 
僕が幼い頃は、まだテレビが各家庭にない時代でした。近所でテレビを持っている人の家に集まって、アニメ番組を見させてもらっていたのを覚えています。父がテレビを買ってくれたときは本当に嬉しかったですね。僕らの世代にとって、テレビの中は夢の世界だったんですよ。
 
だから、僕は今でもテレビが大好きです。出演者側ではあるものの、気持ちとしては視聴者に近いんですよ。そういう気持ちでいるからこそ、一番視聴者のことを考えられているんじゃないかなって思っています。番組全体を見たときに、共演者の方々がバランスよく喋っていて、かつおもしろいと思ってもらえるように常に計算していますね。
 
でも、舞台となるとテレビよりも自由に発言しています。テレビって、スイッチをつけたら誰でもすぐに見られるじゃないですか。それに対して舞台は、お金を払って、わざわざ現地まで来てくれるんです。「この人が見たい」「このお笑いが見たい」という目的を持った方々が来る場所なんですよ。
 
だからこそ、生ぬるいものは提供できません。よりコアで、過激なものをつくっていますよ(笑)。僕が立ち上げた「カンコンキンシアター」という劇団では、2回くらいDVDをつくったこともあります。でも、今は一切出していません。コア過ぎて世には出せないんですよ。カレーに例えると、舞台は本場のインドカレー。テレビ番組は、万人においしいと思ってもらえる市販のカレーといった感覚ですね。