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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

バク転で自信を取り戻す
逆転劇を支える熱血指導

 

アクロバットへの恐怖心をロジックで克服

 
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水野 舞台でも稽古でもかなりの実力を発揮されていましたよね。もともと体操のエリートコースを歩んでこられたんですか。
 
中田 いえ、私自身かなりの怖がりで、幼い頃からバク転ができたわけでもありません。スポーツ全般が得意であるものの、特にアクロバットにはかなりの恐怖心がありました。それを払拭するために活用したのが物理学です。どのくらいのジャンプ力が必要で、滞空時間は何秒か。腕を時速何kmで回せば遠心力がつくのか。高校時代は物理の先生のもとへ日参し、コンマ数秒の動きを計算し尽くしました。絶対に成功するという数値的な裏付けがあれば、恐怖心をコントロールできると信じていたからです。独学による克服のプロセスが、私の技術の土台です。
 
水野 根性論ではなくロジックで技術を身に付け、ご自身の実力でそのロジックの正しさを証明なさったんですね。あの舞台の後、俳優としてさらなる転機を迎えられたとか。
 
中田 はい。マッスルミュージカルが終わって2、3ヶ月後のことでした。当時の共演者の舞台に招待された際、会場で川﨑麻世さんをご紹介いただきましてね。「付き人をやってみないか」と勧められたんです。
 
水野 スポットライトを浴びる側から裏方に回るのは、かなり大きな決断だったのではないですか。
 
中田 はい、かなり悩みました。お受けすることに決めたのは「川﨑さんは悪い噂が全くない本当に良い人だよ」という水野さんの言葉に後押しされたからです。水野さんのおっしゃることは、不思議と素直に信じられたんです。付き人として過ごした4年半で、誠実な生き方を学ばせていただきました。役者の技量を習得する以上に価値のある時間でしたね。
 
水野 それは貴重な経験でしたね。下積み時代も舞台に上がることもあったと聞いていますが、そのまま芸能界に残らず指導者の道を選ばれたのはなぜでしょう?
 
中田 付き人をしていた川﨑麻世さんの、誰に対しても誠実に向き合う姿勢を目の当たりにして、自分の軸が定まりました。俳優として多くの恩恵をいただいたからこそ、今度は自分が培ったアクロバットの技術と誠実な心で社会に恩返しをしたいと思うようになったんです。独立を決めたのは、これまでいただいたご縁への感謝があります。
 
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