◎ 焚火をしないという選択

実際、キャンプ場に行けば、多くの人が焚火をしている。私が普段利用する場所でも、周囲を見渡せばほとんどのキャンパーが炎を囲んでいる。夕方になると、あちらこちらで火が灯り始め、夜にはその光が点々と並ぶ。その風景は美しく、どこか安心感すら覚える。
なぜそれほどまでに焚火をする人が多いのだろうか。SNSやキャンプ文化の影響もあるのかもしれない。私がソロキャンプを始めた頃、焚火は一つのブームのように広がっていた。私の教室でも焚火体験を目的に参加される方は多く、「炎を眺めたい」「火おこしがうまくなりたい」という動機で訪れる方も多い。都心は焚火ができる場所が限られていることもあり、非日常の象徴として、ある種の憧れになっているのだろう。
炎はただの熱源ではない。揺らぎ、音を立て、姿を変え続けるその様子は、人の感覚に強く訴えかけてくる。だからこそ、キャンプにおいて焚火は中心的な存在になりやすい。

そして、音も変わる。焚火のパチパチと弾ける音が消えることで、自然の音がぐっと近くなる。風が草を揺らす音、木々のざわめき、遠くの波の音、虫の声。自然の中で目をつぶって耳を澄ましたことがあるだろうか。そこには、驚くほど絶え間なく流れる多くの音があることに気付かされる。普段は意識の外にあるそれらの音が、急にその主張を強くする。
焚火の炎は「f分の1の揺らぎ」として、癒やしの象徴のように語られることが多い。しかし、その揺らぎ効果は焚火だけのものではない。自然界に存在する不規則なリズム、その全てが人に安らぎを与えてくれている。

少し手持ち無沙汰に感じるかもしれない。だが、その静けさの中でしか見えてこないものがある。私はソロキャンプの時間は内省の時間としても活用している。日ごろの自分をゆっくりと省みることのできる時間。普段は埋もれている感覚や思考が、ゆっくりと浮かび上がってくるような時間だ。
焚火をしないキャンプに向いている季節を考えた場合、夏が一番の候補に挙がるのではないだろうか。理由は単純だ。まず、暑い。そのため、火を焚く必要そのものが薄れる。さらに、火の管理リスクも減少する。乾燥や風の影響を受けやすい時期は、ほんのわずかな油断が事故につながるのだが、そのリスクが限りなく低い。そして、夏は夜が短い。焚火をじっくり楽しむ時間が限られている。

焚火は楽しい。それは間違いない。けれど、焚火をしない夜にも、確かに別の豊かさがある。一度、焚火をしないキャンプを試してみてほしい。そこには、これまで気付かなかったアウトドアの一面が、静かに広がっているはずだ。

学業修了後はエネルギー関連の製造会社に入社し、30年以上にわたって勤務する。55歳を迎えて新しい道を模索。もともと趣味で活動していたアウトドア分野で起業することを決意し、イナウトドア(同)を立ち上げた。現在は、オリジナルアウトドアグッズの開発や、サバイバル教室などの展開、自然保護のボランティア活動に注力している。
・NCAJ認定 キャンプインストラクター
・JBS認定 ブッシュクラフトインストラクター
・日赤救急法救急員他
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