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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

地域密着でシニアも支援
燃料・設備の多角化経営

 

約9年の修業を経て会社を引き継ぐ

 
宮地 矢吹社長は、社会人第一歩から、矢吹燃料さんにお勤めになられていたのでしょうか。
 
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矢吹 いえ、最初は東京の同業他社へ就職しました。ただ、実家を継ぐのが前提でしたので、修業することが目的でしたね。そこはLPガスの販売店で工事を主軸としていた会社で、LPガスと住宅設備機器を扱っていました。それと、水廻りのリフォームも同時に手がけていたので、職人として貴重な技術を習得できたと思います。
 
宮地 そうだったんですね。その会社には何年くらいお勤めに?
 
矢吹 5年ほどですね。当時はバブル景気で日本の社会全体が潤っている時期でしたが、私は修業の身だったので時代と逆行しているような生活でした(笑)。
 
宮地 その時代の職人さんはかなり激務だったという噂はよく耳にしますよ! 
 
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矢吹 そうなんです。激戦区の東京という厳しい環境下で、先輩職人の背中を見ながら、確かな技術とノウハウを学んでいました。今と違って「見て覚える」のが職人として普通の時代だったので、現場は真剣勝負そのものです。当時、茨城県と岩手県から私と同じように修業に来ていた同僚たちもいて、彼らの存在には助けられました(笑)。結果、現場叩き上げの中で、給排水などをトータルで学べたおかげで、現在は地元にも高い技術力を還元できています。
 
宮地 先輩の仕事を見ながら技術を高めていくのは、私がいる芸能の世界と似ているかもしれません。わかり合える仲間がいて良かったですよ! その後、福島県に戻って会社をお継ぎになったのですか?
 
矢吹 いいえ。福島に戻って建築現場に入ってから設備会社が多いことを知り、その分野の技術を身に付けようと考えまして。そこから4年ほど、郡山市の上下水道設備工事会社でお世話になりました。
 
宮地 学びたい技術をすべて自分のものとしてから、満を持して家業を継いだわけですか。ガス燃料関連と住宅関連の両方を扱えるのは、矢吹燃料さんの大きな強みですね!
 
矢吹 今となってはそうなっていますね。ガス燃料も住宅、両方とも住まいに欠かせない必要不可欠なもの。弊社にご連絡いただければワンストップ施工で対応できるのは大きいと思います。