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◆ 携帯電話のトラフィック爆発と新たな通信規格

 
 スマートフォン (スマホ) や、iPadをはじめとするタブレットの急速な普及に伴い、通信業界で今、最も大きな問題となっている議論が2つある。モバイル端末のデータトラフィックの爆発的な増大にともなう利用帯域確保の問題と、データオフロード対策(電波利用の代替方法) である。
 背景としては、ほとんどの個人ユーザーが定額で使い放題のサービスを契約し、画像や動画などのデータ通信を無尽蔵に利用するようになったことが挙げられる。こうした大量のデータトラフィックが携帯電話会社のネットワーク容量を圧迫しつつあるのだ。
 
 

◆ 通信各社のインフラ戦略の “今”

 
 昨年の東日本大震災直後、ソフトバンクモバイル(SBM) の携帯電話がつながりにくいというクレームが多く寄せられた。この事態は同社の孫正義社長も相当深刻に捉えたようで、「なんとしても、他社と同等以上の通信環境を確保してみせる!」 と公式な場で何度も宣言した。事実、同社は今後2年間で1兆円を超える設備投資を計画し、着々と基地局設備などインフラを整えつつある。
 
 ドコモも当初計画を大幅修正し、今後数年間で5,500億円にものぼる設備投資を次世代通信規格のLTE専用に実施する計画である。他社に先駆けて 'Xi' (クロッシイ) でLTEを早々に展開しているドコモは、複数の帯域をバランスよく準備しており、業界共通の今後の課題であるLTE拡大対策に抜かりはない。ただ、アキレス腱もある。アップル社のiPhone採用の目処が立っていないのだ。国内ガリバーのドコモとしては、自社の利益最大化のため、アップル陣営の傘下に下ってアプリ収入その他を召し上げられたくはないのだが、GALAXYをはじめとする Android中心のラインナップでユーザーの不満がいつまで抑えられるか。懸念は残る。
 
 auはどうか? 実は大変なボトルネックを抱えてしまっていることが明らかになっている。同社はスマホの導入が遅れ、大きなハンデを背負ったことは業界では周知の事実である。最近ではかなり挽回してきたようにも見えるが、2011年度のスマホ販売台数をみると、ドコモの882万台に比べれば563万台と水を開けられており、シェアの低いSBMの約530万台(SBMは非公開のため、推定値) と拮抗している状態を見れば、まだまだ道半ばである。そして今回、スマホ用のインフラ整備に向けて、またしても大失敗の気配なのだ。グローバルスタンダード帯域である2.1GHzの対策が遅々として進んでいないのである。
 auはiPhoneを導入しているが、この夏以降に登場すると見られるiPhone5はまさにグローバルスタンダード、つまり2.1GHz・LTE対応の 「キラー端末」 である。その準備を怠ってしまった現在、同社は急ピッチでインフラ整備を進めているが、果たして間に合うのだろうか? 大きなクエスチョンである。
 
 では、SBMと言えば。孫社長の号令のもと、大規模な設備投資で基地局拡大を進行中なのは冒頭に紹介した通りだ。加えて、プラチナバンド獲得によって拡大した帯域に3Gサービスを流し込み、更に、新たに展開する2.1GHz帯にiPhone5を収容して最速のスループットをアピールできる。グループ企業のWireless City Planning株式会社(WCP) の回線も使ってTD-LTEという拡張規格の準備も着々と進行中である。今年後半からは同社の 「つながりにくい」 という不評は一気に払拭され、ユーザー評価も激変するだろう。
 
 

◆ 携帯電話「エコシステム」の変貌

 
 日本の携帯電話市場は、永年にわたって携帯電話会社をピラミッドの頂点とするヒエラルキーが構築され、独自のエコシステムで運営されていた。すなわち、ドコモをはじめとする携帯電話会社(キャリア) は、自社独自の要求スペックを満足する端末や基地局設備を開発・製造するよう、提携ベンダーに要請(実際には強制) する。そのいっぽう、特に端末ベンダーには、販促金と称する費用で開発費を一部負担し、資金面での補填を行う。ベンダーは携帯会社の指示に従い、カスタマイズされた製品や設備を提供する、というビジネスモデルである。こうしたエコシステムが上手く機能している時代は、相互に依存し収益も見込める、いわば Win-Winの関係でいられた。
 
 しかし周知のように、日本独自のこのシステムが崩壊しつつある。AppleやGoogle、Microsoftといった、ソフトウェアやサービス、果ては端末そのものまで自社開発できる総合力のある企業の発言力や影響力が大きくなり、それらの企業は日本の市場しか持たない国内キャリアのニーズに合わせて製品を作るのではなく、グローバルスタンダードの自社製品を、むしろキャリアに 「押し付ける」 時代になったのである。
 
 

◆ 基地局ベンダーの苦悩

 
 さて、基地局ベンダーはどうかと言えば、相変わらずの、キャリア依存の世界である。基地局の設備には、携帯電話端末のようなユニークなデザインや差別化されたアプリ、機能などというものが必要ない。基本的なスペックはほとんど同じである。そうなると、ベンダー選定の鍵は単に 「コスト優先」 になってしまう。
 
 ただでさえ競争の厳しい世界にあって、雑巾を絞るようにしてコストを限界まで下げ、更に無理難題とも思える個別の設置要求も呑まざるを得ない。そして、極限までダウンサイジング化された設備は取り付けも簡単であるし、運用保守もリモート操作で事足りてしまうから、これまで抱えていた建設・運用・保守要員といった人的リソースも実際に不要となりつつある。待ち受けるのは経済原理。容赦ない経営合理化とリストラである。
 
 

◆ 勝者の条件とは

 
 今、基地局ベンダーの世界で起こっていること。それはズバリ、合従連衡、M&Aの嵐である。すでに報道されているとおり、外資系大手ベンダーどうしの買収・経営統合は収束の気配がない。そんな中で悲惨な目に遭っているのが、残念ながら国産 「日の丸ベンダー」 である。
  かつて栄華を誇った国産大手ベンダーは、前述したように国産キャリアの庇護=支配下で一定の収益が保証されていたため、そちらで得た高収益で基地局インフラの費用をカバーする総合戦略も可能だった。しかし市場環境が激変する中で、日本国内にしか市場を持たない彼らは、海外に出て勝てる資質や体力を養成していなかったため、見事に敗北を続けているのである。
 
 国内市場は縮小し、海外市場も獲得できないとなると、事業撤退か、外資ベンダーへの統合・機能売却しか残された道はない。ただでさえ、各社とも昨年度末の決算状況は極めて厳しいのだ。不採算分野は切り離す選択しかないだろう。
 かくて、携帯電話基地局ベンダーの悩みは尽きることがない。生き残るためには他社を排除するしか道はない。しかし、生き残ったからと言って、売り上げの大きな拡大も見込めない。このまま構造不況業種に甘んじる限り、国内には体力のある外資ベンダーしか残らなくなってしまうが、それは、仮にインフラの安全保障の観点だけから見ても、あまり好ましい状況ではないだろう。
 
 
 国内基地局ベンダーに今望むべきサバイバル戦略は、家電業界などにも見られるように、企業間の総力の結集であろう。外資ベンダーのM&A戦略に対抗するには、たとえば基地局機能・設備(ベース・バンド・ユニット、リモート・ラディオ・ヘッド、アンテナ等)における国産ベンダー各社の長所(SOW : Scope of Work) を統合し、共通仕様の製品として提供するなど、大同団結を期待したいものだ。残された時間は、そう多くない。
 
 
 
 
 

 執筆者プロフィール 

三島登志弘 Toshihiro Mishima

 経 歴 

通信アナリスト。大手国際通信事業者、大手ITリサーチファーム・ビジネスコンサルティングのディレクターを経験後、2008年より某外資系通信機器ベンダー勤務。通信分野の市場調査・分析を専門とする。

 
 
 
 

 

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