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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

 

ウケることだけを考えられるのが
売れるエンターテイナー
歌手 グッチ裕三

 
学生時代にアマチュアバンドを始め、18歳の頃からプロとして活動をスタートしたグッチ裕三さん。当時、同じ職場の人にバカにされたことをきっかけに「本気で売れてやろう」と考えたという。その中で気付いたのは、“ウケたもん勝ち”だということ。そうして、コミックバンドとして数々の功績をたててきた。得意なことを続けてきたら仕事になったと話す裕三さんに、そのユニークなご経験から得たことをたっぷりとうかがった。
 

おもしろいと思ってもらえたら勝ち

 
僕が音楽の仕事を始めたのは、流されたというのが正直なところです。僕の父は厳しい人で、良い大学を出て敷居の高い職業に就く、いわゆるエリートコースを進むことを僕に望んでいました。それがとにかく嫌で、大学に進学したくなかったんですよ。だから父がニューヨークに出張に行っている隙にバンドを始めたんです。音楽は、大学に行かないための手段でしたね。
 
そうして18歳のときに家を出て、プロのバンドとして活動を始めました。その中で実感したのは、親の庇護下にいないのだから、自分の力でのし上がらなければいけないということです。僕は当時、ナイトクラブと呼ばれる高級クラブでバンド活動をしていました。そこではまかないが出るんですよ。そのときに、厨房の見習いのあんちゃんが、皿を投げて渡してきたんです。「おいバンド、これ食えよ」って。
 
すごいショックを受けましたね。今の自分は、こういう扱いを受ける立場なんだと思いました。でも、有名なバンドがショーに出たときは、店長が楽屋にフルーツを届けているんですよ。それを見て、親の庇護下を出てこの世界に入ったんだから、自分の力で何とかしないといけないんだなと実感しました。それで、本気になって取り組むようになったんです。
 
当時のナイトクラブは、1ヶ月ごとに契約をするのが一般的でした。月末にオーディションが開催されて、受かればより良いナイトクラブに配属になったり、ギャラが上がったりするんです。落ちたら次の月までチャンスを待つことになります。僕はこのオーディションを20回以上受けて、一度も落ちたことがないんですよ。それは、反則技を使っていたからです。
 
ナイトクラブはあまり治安の良いところではありませんでしたから、オーディションの審査員たちは机に足を乗せてビールを飲んでいるような状態で観ていました。だから、僕は曲の間奏のときにステージを降りて、審査員たちにお酌して回っていたんですよ。そうすると、ウケるんです。オーディションを受けているバンドの中には、僕らより実力のある人たちも大勢いました。でも、「あいつら何かおもしろいな」と思ってもらえたら勝ちなんです。
 
そうして人気が出て、お客さんが増えると大きな達成感がありました。結果を出せば、その分給料も上がります。そういう手応えがモチベーションになっていましたね。お客さんが、僕らのバンドを目当てに並んでくれているのを見ることほど嬉しいことはありません。
 
 
 
 
 

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