おもしろいと感じたこと、おいしいと思ったものの記憶がすべてあると話す裕三さん。「味の記憶」は、料理の仕事に携わるうえでも大いに役立っているという。
得意なこと2つが仕事になった
僕には味の記憶が明確にあるので、お店で食べたおいしいものを自分でもつくれる自信があります。3回くらいチャレンジしたら大体の料理はできるんじゃないかな。世界には、目で見たものすべてを記憶できる人もいますよね。僕の特技も、それに似たようなものなのかなと思っています。
今、料理の仕事に携わっているうえで幸運なのは、18歳の頃からずっと食べ歩きをしてきたことです。僕が勤めていたナイトクラブは、六本木や麻布、新宿などの繁華街にありました。だから、どんな時間に仕事が終わっても、ご飯を食べられる場所がたくさんあったんですよ。そうして食べ歩いた味の記憶がすべて残っているんです。僕はいくつか料理本を出版させてもらっています。でも、まだまだ引き出しは残っていますね。
今、あらためて自分のこれまでを振り返ってみると、音楽と料理は僕がずっと続けてきたことなんですよ。14歳の頃からアマチュアバンドを組んで、練習終わりにはいつもバンドメンバーに即席ラーメンや焼きそばを振舞っていました。やっていることはあの頃から変わらないんですよね。得意なこと2つが仕事になっていたという感覚です。
だから、これから新たに何かチャレンジしようという気持ちはないんですよ。今さら一旗揚げようなんて気はさらさらありません。僕はもう、騙し騙し生きています。今日、ある先輩歌手の方に仕事でお会いしまして。「70歳過ぎてるのにすごいですよね。どんなモチベーションを持っているんですか?」と聞いたら、「そんなもんないよ~。騙し騙し生きてるよ」とおっしゃるから、本当におもしろくて。達観してるよなぁ。僕も今日からその心意気で生きることにします。
(インタビュー・文 中野夢菜/写真 Nori)
(取材:2022年5月)