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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

市場原理主義に踊らされず
真の価値観を見つけるために

 
 
人との関わりを積極的に求め、時代を通じて社会と向き合い、時には造反して、井筒監督のように人が熱く生きていた60年代~70年代。あれからずいぶん時は経って、当時とはまったくかけ離れて冷えきった社会となり、そこで、人間も大きく変わってしまったように思える。政治不信をはじめ、途上国より大きな格差、長引く不況や近隣諸国との軋轢など、不安材料は山積しているにも関わらず、誰もが沈黙しているように思えるのだが・・・。
 
 

一人ひとりが真の価値観を取り戻せ

 
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 残念なことに、1968年前後の日本を覆っていた空気感をしっかり伝えていけなかったのでしょう。伝えたい人はいたでしょうが、受け取る側の人間が、そういった重たいものを避けるようになっていたのかもしれません。先ほどの本や音楽、映画の話と同様、昭和時代の再現みたいな回顧主義とは違って、あのままの空気そのものを伝える必要があったのです。人間そのものが変わったとは思いません。伝えていく役割を持った人間やメディア側の問題だと思います。メディア自体も泡みたいにパンクしてしまった。
皆がおとなしくなってしまったのは、簡単に言えば、政治や企業が人の心を制御している「統制社会」となってしまったからです。原発の反対運動で、15万人もの人が国会周辺に集まり、沖縄じゃ10万人がオスプレイ配備反対に集まったというのに、何も起きない。60年代の安保闘争の時代から、人々の間ではしっかりムーブメントは起こっていたんです。しかし、マスコミはその動きを黙殺し、リジェクト、です。改新だ維新だと口先で言ってる政治屋たちも独裁と断行をやらかすだけで、まったく信用ならない。企業や政治家たちは、今あるもの、権益と自惚れプライドを壊されたくないから、そういった人々のエネルギーを追い出し拒否し、統制する。先ほどから「市場原理主義」を連呼していますが、原理主義者というのは、絶対的にその原理にかじりついて離れないという意味です。
では、こんな世の中で、どのように生きていくべきかという話になりますが、大きく世の中を変えることはできないかもしれないけれど、個人レベルで良いから価値を見極めることです。新しいモノだけが優れているわけではなく、決して仕分けをしろと言っているわけでもありません。伝統的に残っているものには間違いなく価値があるし、それをないがしろにする必要はない。そして、新しく生まれるモノを監視する目利きをしてくれます。そもそも、日本の産業が空洞化し、アジア諸国にそのステイタスさえ脅かされているのも、この市場原理が働いた結果でしょう。モノづくり産業も利益も外に流れ出ていってしまった。決して感傷的なナショナリズムを掲げるつもりはないですが、僕はメイド・イン・ジャパンのパソコンを、値段が高くても購入してます。全く壊れないんだから(笑)。要するに市場原理を追うしかない新資本主義などというマヤカシから脱却し、自分の物差しで判断すべきだということです。
社会の嘘を見抜くことも必要です。たとえば、企業が掲げるCSRも無理だらけだと思います。なぜなら市場原理主義と社会貢献の両方を同時に実行できるわけがないからです。環境を配慮したエコ製品を製造する工場では、大量のCo2を排出しているし、相当量の電力を使用する。そうなればまた原発も稼働させる。そんな矛盾が生ずるものを、単純に信用すべきではないし、人権の擁護も地域貢献も同じです。どれだけリストラしたら気が済むのかと思います。それは一人ひとりの価値観が変わっていけば、少しずつだけど、消費者の要望と動向に向き合い直せば、企業も変わっていく。そして、世の中が少しずつ変わっていくかもしれません。
 
 
 
2012年11月3日から公開が予定されている、井筒監督の最新作『黄金を抱いて翔べ』は、社会派ミステリーの巨匠・高村薫の処女小説を原作に、妻夫木聡、桐谷健太、浅野忠信などのスター俳優を配し映画化した、本年度ナンバーワンの話題作。20年も前に上梓されたこの小説を原作に選んだ理由について聞いてみた。
 
 

市井の徒の本質がしっかり描かれた作品

 
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 原作本を映画化するということは、小説の中に描かれている空気やノリをしっかりと共有できるかどうかにかかってました。疑問がそこに生じて解けないままなら、映画化などできません。世に出ている原作映画化作品が必ずしもそうであるかは大きな疑問ですが、これは、なるべく原作を大事にした上で映像化を進めました。高村薫女史のデビュー作にあたるこの小説は、その発表時から惚れ込んだ僕の愛読書で、そこに描かれている人間の心理、信条と行動描写が素晴らしいんです。ここまで計算されている物語は、最近ではなかなか見かけませんね。登場人物すべてのアクションに根拠と裏付けがあり、「こうなったら、こうなる」というリアリズム表現にまったく矛盾がない。しかも、それが初めから終わりまで簡潔なハードボイルドタッチで綴られてることに魅せられました。ただの犯罪サスペンス小説ではなく、そこには、市井の徒である人の本質が描かれていたのです。
この作品は今から20年前に描かれたものですが、残念ながら、最近ではこれほど骨のある作品を書く作家らしい作家がいないと感じてます。80年代以降、まったくリアリティが感じられず、辻褄の合わない小説ばかりが世の中にあふれ始めたころに、高村薫さんが登場し、鮮烈な印象を受けました。この原作の胸を借り、素晴らしい役者たちと共に心臓が高鳴る仕上がりになったことに感謝しつつ、この孤高の無頼漢たちの大奮闘ぶりにつき合って貰えたら嬉しいですね。和製フィルムノワール(暗黒映画)ってところですか。
 
 
 
〈インタビュー・文 伊藤秋廣 / 写真 Nori〉
 
 
 
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「黄金を抱いて翔べ」
(c)2012「黄金を抱いて翔べ」製作委員会
11月3日(土)全国ロードショー

原作 
髙村薫『黄金を抱いて翔べ』 (新潮文庫刊)
監督 井筒和幸
脚本 吉田康弘、井筒和幸
主題歌 安室奈美恵「Damage」(avex trax)
出演 妻夫木聡、浅野忠信、桐谷健太、溝端淳平、チャンミン(東方神起)、西田敏行
製作 エイベックス・エンタテインメントほか
配給 松竹
公式サイト http://www.ougon-movie.jp/

 
 
 
 

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