B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

ポルシェのブランドに息づく
黒坂流のグローバル思考

 
 
 でも、時代は、なかなかそんなシンプルな図式を許し続けてはくれませんでした。必ず競争相手が出てきます。トヨタのスープラ、日産のフェアレディといった競争相手が出てきて、とうとうアメリカでポルシェはシェアを奪われてしまったのです。当然、経営的には苦しくなるわけですが、そこで出てきたのが新経営者のヴェンデリン・ヴィーデキングや、マーケティングの天才、ハンス・リーデルといった優秀な頭脳でした。
 彼らの登場でポルシェは大きく変わっていきました。それまでは、「マイスターに余計な口をはさみこむな」 という雰囲気が蔓延していましたが、その考えに囚われていたらポルシェの歴史は終わってしまう。ゆえに彼らは、ポルシェの目指す新たなブランド像を示したのです。「いいものを作れば売れていく時代は終わった」、そして 「市場の好みをよく知って、開発まで一本のラインで結び付けよう」 と。その明確なメッセージはすぐに全社に広がっていきました。
 
 
 
結果として、ポルシェは、2万台という生産台数を10万台にまで増やすことに成功していく。だが、そこには決して 「価格破壊」 という手法は含まれていなかった。市場の好みの中には、安価で性能がいい商品というものもあったはず。なぜそこを選ばなかったのか。実は、そこにポルシェのブランディングの秘密があった。
 
 

黒坂流マーケティングの極意

 
110901_sp0028_g05.jpg
 「クルマは売ってはいけない」 ということですね。お客様の好むものを提供してお客様に喜んでもらうのは当然のことですが、『売ろう』 という意識が働いた途端に供給過剰になるわけです。売り込みをするということは、値引きをしたり、過大な押し込みをしたりすることに繋がっていきます。ニーズがないのに、商品だけを押し付けて喜ぶお客様がいるでしょうか? ましてやポルシェの価格は、大衆車と違って簡単に誰もが手を出せる価格帯ではありません。乗り物としての特性も、そもそもがレース車として育ってきたクルマですから、路面の状態を正確に伝えるため、移動用の大衆車のように乗り心地を重視しているわけでもない。ですので、安くすれば売れる、アピールポイントを強調すれば売れるというクルマではないんです。何が大事か? それは 「お客様がクルマを買う以上の誇りを感じられる」 ということなんですね。
 たとえばポルシェが国内どこにでも駐車されていたら、誰も買わないと思うんです。本当に価値があるものを手にした、そのオーナーの誇りを私たちは売っているのだと自負しています。そのため、基本的には需要と供給を正確に見て、私は供給を需要よりもマイナス1台にするというポリシーを掲げました。つまり 「欲しい」 という人が100人いらっしゃっても、99台しか売らない。もちろんメーカーですから、いっぱい買ってほしい気持ちはあるんですよ。しかし、需要と供給のバランスを適正にすることで、中古車の価格が安定しますし、お客様の資産価値を守ることにも繋がるんです。
 
 そこで私は、マーケティングの中身を 「お客様の納得感を引き出すためのコミュニケーション」 という部分に集約させました。つまり、ポルシェというクルマがお客様の誇りに直結するためのイメージ作りです。それまでのポルシェはどちらかというとスピード狂のためのホビーカーというイメージで見られていた。そこを変えるべく、ポルシェの新たなブランドイメージをお客様と共有していくのです。そこで当時、「ビジネスの解放空間」 というフレーズを掲げました。一日ビジネスシーンで戦い続けてきた大人が、ポルシェのハンドルを握った瞬間、オフに入ることができるという解放空間。これにはかなり反響がありまして、多くのオーナー様から 「そう言ってほしかった」 という声が寄せられましたね。ポルシェを所有しているというオーナー様の誇りと、世の中のポルシェに対する認識をいい方向に一致させることを、マーケティング上のコミュニケーションで徹底したのです。
 ポルシェ・ブランドとして本当に長くお付き合いいただきたい顧客は、自分がポルシェを持っている理由を胸に抱きたがっているものです。そのような顧客を無視したビジネスをすると、一時的な話題性で瞬間的な売上げは伸びるかもしれませんが、そのぶんブランドイメージが受ける代償は大きい。仮にポルシェが安価な普及車を作り、家庭感いっぱいのブランドイメージを展開しようとしたら、その後にブランド性を回復するのは至難の業になります。
 ですから私たちは顧客に必ず言います。「人生において成功してください。成功してポルシェを買ってください」と。成功した当人は必ずすごい努力をしているはずです。その報酬として、自らの成功を誇れる一台になってほしいというのが、ポルシェの願いであり、私たちのブランディングの基本なんですよ。
 
110901_sp0028_g06.jpg 
 

(インタビュー・文 新田哲嗣 / 写真 Nori)




  会社概要  
ポルシェジャパン株式会社
  所在地  
東京都目黒区下目黒1-8-1 アルコタワー16F
  オフィシャルサイト  
http://www.porsche.co.jp
 
 
 
 

 

スペシャルインタビュー ランキング