
だが、その格闘家人生は決して平坦な道のりではなかった。「誰も真似できないテクニックの持ち主」「類まれなカリスマ的人気」・・・・・・自分のあずかり知らないところでそんな形容がつく孤高の存在ゆえに、人知れず悩みぬいた時期もあった。格闘家としてのおのれの存在に疑問を抱くときもあったという。B-plusは、そんな桜庭選手にどうしても聞いてみたいことがあった。「その逆境をどうやって乗り越えてきたのか」――。
リング上の桜庭も、企業を経営する経営者も、おのれの力量一つで世と渡り合う存在であることは共通だ。ならば、格闘技がビジネスに教えてくれるものが、きっとあるはず――そして、桜庭から答えが返ってきた。
魅せるために動く

「基本的にはやはり勝つことが大事だと考えているんです。ぼくらがアクロバティックに動くことや、わざと大げさに技をかけたりパフォーマンスをすることによって、相手にフェイントがかかればいいし、それプラスでお客さんが喜んでくれたら、言うことはないんですよ」
現在は総合格闘家として名を馳せる桜庭選手だが、そのベースになっているのはプロレスだ。大学を中退し、1992年にUWFインターナショナルに入団すると同時に、アマチュアレスリングの世界からプロへと進んだ。プロレスラーとしてのデビュー戦は、1993年8月13日。日本武道館という最高のステージだった。このとき彼は不思議と緊張感を感じなかったという。
「ぼくは新人のレスラーでしたから、どうやってお客さんを沸かせようかとだけ考えていました。新人の試合にはあまり興味をもってもらえないじゃないですか? だからお客さんの一人一人に印象付けていくにはどうしたらいいかを考えましたね」
そこで桜庭が出した答えが、「動くこと」 だったのだ。
「もし、お客さんがぼくらの試合を観て『面白くない』と思ったとしたら、もう来てくれなくなるわけですよね。つまりお客さんが減っていく。単純なことですけど、それじゃぼくらは給料がもらえなくなっちゃうわけじゃないですか。だから、レスラーとして勝利を意識しながらも、お客さんを惹きつけることができないといけないと思っていました。そのどちらが欠けてもいけない、と」
お客さんは何にお金を払っているのか
「入場が恥ずかしかったんですよ、最初は。どうにも格闘技イベントの派手な演出が恥ずかしくて。で、どうやったら恥ずかしくないかを考えたんです。で、マスクをかぶるとぼくの表情が直接は見えないわけですから恥ずかしくないだろうなと思って。実際にやってみると、『これは恥ずかしくないぞ』 と気づいた。しかも、お客さんも盛り上がってくれている。一石二鳥だったわけです(笑)。 それまでは、少しでも早く入場シーンを終えたかったから、走って入場していたくらいですから」
ここでも観客が盛り上がっているかどうかを気にしていた桜庭選手。他にも、入場するときに場内に流す映像の演出をはじめ、格闘技イベント全体の流れにおいて、盛り上げることへのこだわりは強い。

ときどきあるんです。前の試合で半分以上のお客さんが選手にスタンディングオベーションを贈ったぐらい、ドッカンと盛り上がったところで自分の番が来ることが。『今日の最高潮はここだな』 って感じるんですよ。そういう試合がメインに来て、大会を締めくくれれば最高ですけどね。だから、仮に試合に負けても 『これだけ盛り上がればOKだな』 と思うときもあります」