インタビュアー 鶴久政治(元チェッカーズ)
酒井 はい。初めてピアノに触れる方から、音高・音大受験を目指す方まで、一人ひとりの目的に合わせて、マンツーマンで指導しています。保育士試験を目指す方のご相談も受けていますよ。
鶴久 酒井先生ご自身は何歳からピアノを始めたのですか?
酒井 4歳からです。始めるにあたり、プロを目指すことが条件でしたので、練習せざるを得ない状況でした(笑)。当時のピアノの先生はとても厳しくて、スポーツ選手のようにしごかれましたね。
鶴久 昭和の指導は、音楽でも体育会系でしたよね(笑)。
酒井 本当にそうなんです。小学生の頃は、ピアノが得意な子が少なかったので目立つ機会もありましたが、音大附属の中学・高校へ進むと、同じレベルの子ばかりの環境だったんですね。その中で選ばれるためには努力が必要で、練習時間も5時間、8時間と、少しずつ増えていきました。
鶴久 シビアな世界ですが、上達するためには、いい環境だったのかもしれませんね。
酒井 そうだったと思います。大学時代には、「オーケストラをバックに弾きたい」という夢ができました。その夢を叶えるために、練習にもさらに力が入る日々でしたね。そして大学4年生の時に、プロのオーケストラメンバーと共演することができたんです。
鶴久 それは最高に嬉しいですね! “本物”の人たちと一緒に演奏をすると、周りに引き上げられて、自分までうまくなったように感じることはありませんか? 私も素晴らしいプレイヤーと共演した時、そう感じたことがあります。

鶴久 私の師匠も楽器は高くていいものを買えと言っていました。鳴らした時に、自分はこんなに上手なのかと思えるし、自ずと楽器に負けないようになろうとする。本物を知ることは重要だと思います。だからこそ、酒井先生もドイツへ行かれたのですね。
酒井 はい。本場の音楽や生活、文化にも触れてみたかったのです。日本ではテクニック面の指導が中心だったのですが、ドイツでは「このフレーズは星のように」「この音は教会の鐘だよ」というような、感覚を養うレッスンでした。


