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通訳のガイドラインをつくりたい

 
前回ご紹介した代表通訳の経験を経て、所属する会社の仕事とは別に、ライフワークの一つとしてやってみたいと思うことがあります。
 
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元プロやタレントと共に、エキシビションマッチに参加する機会も多い
代表チームの通訳を務めてみて思ったのは、日本のサッカー界には、通訳の技術レベルや地位向上を図る団体が必要なのではないかということです。これからもJリーグには各クラブに様々な国の選手、監督が移籍してくると思います。いくら優れた選手や監督でも、日本のチームメイトと意思疎通が図れなければ力を充分に発揮できません。ですから、これからも通訳が必要とされることは間違いないと思います。
 
しかし日本のサッカー界には「通訳はこうあるべき」というマニュアルが用意されていません。代表通訳としての心構えや、代表チームはどのように構成されていて、どういう人が関わっているのか――といったことを事前に知っておけるガイドラインのようのものがあれば、最初から動き方も変わると思うんです。僕の場合は、誰か教えてくれる人がいたわけではなかったですから、毎日が手探り。自分で考えながらノウハウを蓄積して、独自のやり方をつくり上げるしかありませんでした。
 
今後、この世界で通訳として働きたいと考える方々のために、例えばJリーグのクラブに所属する通訳の方、過去に代表通訳を務めた経験のある方たちと情報交換をして、その共有した中身を何らかの形にして残せば、サッカーの通訳として知っておくべきことを網羅したガイドラインが作成できると思うんです。
 
通訳の技術を全体的に底上げできれば、外国籍の選手や監督とより円滑なコミュニケーションが図れるわけですから、Jリーグの試合の質がさらに向上する可能性もあると思います。ですから僕は、いずれは通訳が集う団体のようなものを立ち上げられないだろうかと考えていまして。僕自身のライフワークとして、いつかそんな取り組みをしてみたいです。
 
 

意見はきちんと口にする

 
僕は幼少の頃からサッカーが大好きで、イタリアでプロになることを目指し、形は違うとは言え、夢にまでみたワールドカップにも参加することができました。思い起こせば、15歳でイタリアに渡った当初は、苦労の連続。黙って待っていても、誰かが何かを与えてくれる環境ではありません。だから、何に対しても、自分からアクションを起こし、自己主張をする必要がありました。
 
サッカーを例にすると、トレーニング後は用具の片付けなどをしなくてはなりません。僕は率先して片付けるようにしていたのですが、こうした面倒な作業をきちんとやっていれば、「お前は気が利くなぁ」とコーチから褒めてもらえるのではないかと期待する気持ちもありました。
 
でも、それは日本人的な考え方です。もちろんコーチは、「大輔ばかり片付けをしている」というようなことは他の選手らの前で言ってくれます。しかし、そのことはピッチでの評価とは別なので、そういうことを率先してやっていたからと言って、試合に使ってもらえるわけではありません。だから、自分ばかり片付けをして割を食っていると思ったら、自分の口でチームメイトに「君らも片付けなよ」と主張しなくてはならないのです。
 
 

異国の文化を理解しようと努める

 
内に秘めるよりは、きちんと言葉にする。「あの日本人はそういうことを考えているのか」と知ってもらうだけでもかまわないと思います。それを繰り返していくうちにいずれ、異なる文化で育った人たちとも、意思疎通がスムーズにできるようになっていくことを、僕は10代の頃から身を持って体験してきました。
 
日本では、場の空気を読んで言葉や行動を選ぶことが重要視されがちですが、そうした態度は海外だと逆に、「日本人は何も主張しようとしない」と批判の対象になるケースもあるのはご存じだと思います。この溝を埋めるためには、自分たちの文化的背景を自覚し、相手のそれも理解したうえで行動すること――。どちらが優れているといった優劣の問題ではなく、多様性を相互に認め合ったうえでコミュニケーションを図ることが、両者がうまく仕事をするためには大切なのだと思います。
 
 

培った経験を今後に活かす!

 
そういう意味で、ザッケローニさんはきちんと自分の意見を言いますが、場の空気を読む日本人的気質も理解でき、自分でもそうした言動を選べるハイブリッドな方でした。優れたサッカー監督は皆さん、多様性を理解したうえで動くことができるのだと思います。
 
例えば、現在はロシアの代表監督を務めるファビオ・カペッロさん。セリエAのユベントス監督時代に来日した時、僕も一緒にお仕事をさせていただきました。あの方も、異国の地で自分がどう振舞うべきか、その場の状況を分析し、理解したうえで動こうと努めていました。一流の仕事人は、そうしたことを当たり前にやってのける才能があるのかもしれません。
 
僕はプロサッカー選手にはなれなかったものの、イタリアで社会人になり、たくさんのことを学んできました。その間も、日本代表に関わる仕事がしてみたいという思いを持ち続けていた結果、ご縁があって代表の通訳となり、サッカー界に携わる様々な方々と仕事ができました。これは僕にとって本当に大きな財産です。これからも、培ってきた経験を最大限発揮しつつ、夢と情熱を持って仕事に取り組んでいきます! またどこかでお会いしましょう!
 
 <連載了>
 
 
矢野大輔の 夢と情熱!~ il sogno e la passione! ~
vol.6 (最終回)多様性を理解すること 

  著者プロフィール  

矢野 大輔 Daisuke Yano

元サッカー日本代表通訳/compact 所属(イタリアのスポーツマネジメント会社)

  経 歴  

1980年7月19日東京都生まれ。イタリアのサッカーリーグ、セリエAでプロサッカー選手になるという夢を抱き、15歳でイタリ アに渡る。異国の地で様々な苦難を乗り越えながら、サッカー漬けの青春を送った。22歳でプロサッカー選手の夢は断念したが、知人の勧めで トリノのスポーツマネジメント会社compactに就職。日本とイタリアの企業を仲介する商談通訳などに従事する。2006年にトリノに移籍してきた 大黒将志選手の専属通訳に。そして2010年、イタリア人のアルベルト・ザッケローニ氏が日本代表監督に就任したことに伴い、チームの通訳に 抜擢される。ブラジルワールドカップまでの4年間、監督と選手が意思疎通を円滑に進めるための重要な役割を担い、監督のみならず選手からも 信頼を得る。2014年、ザッケローニ監督の退任と同時にチームを離れ、現在は執筆、講演、メディア出演などを通じて、日本代表時代の経験や 自身の思いを伝える活動に取り組んでいる。著書に『通訳日記』(文芸春秋)、『部下にはレアルに行けると説け!!』(双葉社)がある。

 オフィシ ャルホームページ 

http://daisukeyano.com

 ブログ 

http://ameblo.jp/daisuke-yanoblog

 
(2015.6.10)
 
 
 
 

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