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コラム 今、かっこいいビジネスパーソンとは vol.4(最終回) 暗く明るい谷底 今、かっこいいビジネスパーソンとは 首都大学東京教授/社会学博士

コラム

今、“かっこいい”ビジネスパーソンとは
第4回 暗く明るい谷底

 
 

一次産業の再興へ
「待ったなし」の課題

 
 これからの社会を生きる人々の 「幸せ」 を考えると、地方再生は決定的に重要です。地方にこそ共同体的自己決定の芽を育てねばなりません。地方にこそ 「我々」 のことは 「我々」 が決める気概が必要です。かかる気概なくして、地方が自立した経営企業体になることはできず、従って、地域経済圏を確立させることはできません。
 カギになるのが、江戸時代ではありませんが、地域間を差別化でき、かつ地域内の絆回復に直結する 「一次産品」 です。昨今の地方では、戦後日本の農政が 「産業振興を無視して」、集票目的で土木事業を通じた再配分政策を行なってきた結果、一次産業が風前の灯です。これをもう一度興さねばならないということです。
 国際標準では 「産業振興抜きで」 地域振興はありえない。日本では地域のための産業振興が皆無でした。また、国際標準では 「直接所得保証制度抜きで」 農業振興はありえない。産業振興ならざる土建屋的バラマキをやめるべきなのと同じ理由で、産業振興に結びつかない単なる票取りのための直接支払い的なバラマキならばやめるべきです。
 直接所得保証は、農業が他産業に比して土地生産性が低い分、ゲタを履かせた状態で国の内外で競争させ、競争力のないものを市場原理で淘汰させる産業振興策です。ただ日本ではコストパフォーマンスの悪い中山間地の農業が、国土保全や社会保全の機能を果たしてきた以上、これを評価してゲタの高さに 「色をつける」 必要があります。
 学校で習ったように、農業の土地生産性は米国の9倍と高いのに、労働生産性が低い。この高い土地生産性を、少ない人数で維持し、伝承するための、高度ノウハウのIT化が急務です。能率化のためのIT化でなく、高度ノウハウ伝承のためのIT化です。農業の高度ノウハウ伝承に必要な方策は前例がないのでトライアル&エラーが必要です。
 ところが日本はこのトライアル&エラーが進んでいません。NHK 『クローズアップ現代』 が数少ないトライアルの例を取り上げています。しかし扱い方に問題が多い。たとえば野菜工場の回 (№2837 2010年1月7日放送) やJAによる野菜直販の回 (№2820 2009年11月19日放送) における扱いが典型です。
 野菜工場から言うと、ノウハウの蓄積が要らない野菜工場が可能なのは、全農業産品中わずかです。それに可能性があるかのように報じるのは間違いです。しかも工場建設には高額資金が要り、デフレ下ではブレイクイーブンに長期かかります。農家どころか資本家にさえ簡単に手が出ない。しかも水耕栽培は極めて病気に対して弱いのです。
 JAが 「道の駅」 などで展開している野菜直販を扱った回もそうです。番組の最後のほうで一言 「違法に農薬を使いながら、無農薬をうたった直販農作物」 が触れられていました。しかし品質保証のインセンティブメカニズムがうまく働かない現状こそが、直販の最大の問題点なのです。
 この点、最近進んでいるような、良質な作物を生産する畑の耕作者に対し大手流通資本が3年や5年単位で農作物の買い上げを約束するメカニズムのほうが、品質保証へのインセンティブという点でずっと優位です。このことについてのJAの意識レベルが (一部を除き) 低いがゆえに、問題が生じるまで対処してこなかったのが大問題なのです。
 むろん直販制度自体の問題じゃない。農業を支える農村共同体が堅固なら、抜け駆けして違法なことをする者は、共同体からの負のサンクションを予期するので、勝手ができにくくなります。それだけでなく、知り合いや絆のある相手との間での売買であれば、相手のためになろうとする正のインセンティブも生じやすい。
 元々スローフード運動が目指していたものの一つは、共同体や絆が生み出すサンクションとインセンティブを頼った、総合的な 「食の安全」 であり、その文脈として必要な 「共同体の保全」 です。「食の安全」 というとトレーサビリティを想像したり耕作者のネームプレートを想像したりするのは、貧しい発想です。
 
 実は、こうした文脈の中に置かれて、初めて高度ノウハウのIT化による伝承に実質的意味が生まれます。いま申し上げたのは多様な文脈の一部ですが、全体性を参照しないで農業に関するソーシャル・デザインはできません。多くの方々が 『クローズアップ現代』 のように全体性のごく一部を取り出して議論しているのが現状です。
 本格的に一次産品にテコ入れするには、経験知を集約の上データベース化して次世代に継承可能にし、次世代が農業に向けて動機づけられることを可能にし、農業に動機づけられたものがサンクションとインセンティブを通じて消費者の幸せに動機づけられることを可能にし、動機づけを持つ者が生き残れるような流通システムを可能にする必要がある。
 日本では現在、50歳未満の農業就労人口は全体の約12%しかいません。9割方が50歳以上で人口学的には壊滅的状況です。10年もすればこれらの方々が引退するので、それまでにノウハウを継承できない場合、日本の農業生産性は著しく低下します。同じように 「共同体というもの」 についてのノウハウを知る世代も、急速に社会から退場しつつあります。
 
 

地方の地域社会を変える存在とは

 
 農業は他産業に比して土地生産性が低いので、税金による直接支払でゲタを履かせた上で競争させる。それが国際標準の農業支援策だと言いました。今までの日本がやってきた、直接支払ならざる価格支持政策は、競争動機を枯渇させた上、実際国際競争力をゼロにしてしまうので、今日では日本以外の国には殆ど見られません。
 それを踏まえて言うと、一般的には 「農業も国際競争の時代だから自己決定&自己責任で競争してください。所得補償で下駄を履かせた先は競争すれば所得が増えます」 が適切なメッセージですが、「親方日の丸」 で減反政策に協力し、農協指導に従ってルーティンとはいえ頑張ってこられた高齢の農業従事者に、今さら 「自分で考えろ」 は理不尽です。
 農業の大変革は、後継者も新規参入者も含めて、これから農業に入って行く若い人々に掛かっています。有能な若者が然るべき 「絆コスト」 を払って地域社会に入り、おべんちゃらなコミュニケーションを超えて年長者たちに感染し、自らも周囲に感染を拡げつつ、内発的に地域を変えていかないと。
 
 「自ら周囲を巻き込んで変えていける存在」。かっこいいですよね。ただし現在の平均レベルの若者に期待するのは難しい。世代の違う人々と交流するためのコミュニケーション能力は落ちています。それよりも、30~40歳ぐらいの壮年世代がどれだけ能力を発揮できるかです。壮年世代が年長世代に感染して気概とノウハウを継承できるかどうかです。
 そして壮年世代から若年世代に受け渡していく。最終的には 「騙されたと思って俺について来い!」 ぐらいのことを言う壮年世代が求められます。ある種のパターナリズム(温情主義) です。放っておいても受け渡しはできません。それぐらい今の若い世代は地域社会から縁遠い。かつて日本の地域社会がどんなふうにうまく回っていたかを知らない。
 だから、労働集約的な農業労働が 〈郷土〉 を支え、〈郷土〉 が労働集約的な農業労働を支えていた社会を、換骨奪胎して再構築しようにも、何をどうすればいいか分からない。換骨奪胎といったのは、かつての郷土をそのまま回復するだけでは、イノベーティビティを殺す 「長いものには巻かれろ」 「郷に入りては郷に従え」 的な要素も引き継ぐからです。
 
 これからは先進国と新興国の別を問わず、地域の力が国を支えます。地域の実績をベースにして国が国際社会で影響力を持つようになる流れ。これは前回 「風の谷方式」 というキーワードで環境問題に即して説明しました。そこでは、古いものを学ぶ力と、古いものを抽象化して違った形で再構築する力が求められます。双方通じて重要なのが感染です。
 
 
 
 
 

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