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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

 
友人がオーディションに応募したのがきっかけで、俳優の道に進んだ村上さん。自身で「俳優をやりたい」「楽しい」と感じるようになったのはいつだったのだろうか。
 
 

観客のリアクションが嬉しい

 
私が初めて俳優の仕事を楽しいと思ったのは、翻訳劇『タンジー』に出演したときです。それもオーディションで選ばれ、私は主役のプロレスラーを演じました。プロレスラーの稽古場に通い、本格的にトレーニングをして臨みました。プロレス技の「ボディ・スラム」や「ドロップキック」「飛び蹴り」などもできるようになったんですよ。
 
その舞台では、劇場の真ん中にリングをつくって、四方をお客様が囲んで観るようにしたんです。公演が始まると、私が予想もしていなかったリアクションをもらえることに驚きました。プロレス技を出したときには拍手が起こり、思ってもみなかったタイミングで笑い声が聞こえる。実際にお客様の目の前で演じると、そういったリアクションをリアルタイムで感じることができて嬉しかったですね。
 
お客様の反応をもっと引き出したいと思った私は、共演者と毎日、「今日はこういう風に演じてみよう」と話し合うようになりました。そうして自分たちでアレンジした部分に、お客様がリアクションをくれる。それが本当に楽しかったんです。『タンジー』は、今でも私の俳優としての“軸”となっている作品ですね。
 
『タンジー』は、同じ業界の多くの方も観てくださいました。この作品がきっかけで、テレビドラマ『必殺仕事人』や『銀河テレビ小説』、大劇場での大物俳優の相手役などへの出演が次々と決まったんです。そういった意味でも、私の原点となる作品でしたね。『タンジー』は、多くの方と出会わせてくれた作品なんです。
 
 
俳優の活動を始めて40年もの月日が経つ村上さん。第一線で活躍を続けるのに、必要なものは何なのか聞いた。
 

人との出会いに支えられた

 
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今振り返ると、人との巡り合いが人生において運命を決定づける最も大きな要因だと思いますね。例えば、最初にオーディションに応募してくれたのは大学の友人ですし、デビュー作であるテレビドラマ『仮面ライダー』のオーディションも、事務所が出してくれたもの。舞台『タンジー』もマネージャーが出してくれたものです。
 
そうして出演した作品をまた別の方が観てくださり、新しい作品のオファーをくれる。私の周囲の、さまざまな方が道をつくってくれたんです。人との出会いによって、今の私があるのだと思います。これまでの役者人生を振り返ると、いろんな方に支えてもらっているのだとあらためて実感しますね。
 
また、時代によってニーズは変わります。そのときに求められているものに応じながら、そこでいかに自分を表現するかも大切ですね。その“自分”というのは、好みであったり、自身の価値観であったりします。そういったものは、どんな環境で生まれ育ったのかが大きく影響すると思うんです。私の場合は、海沿いの漁師町で育ったことが、私の感情を形づくっている気がします。
 
私は、田舎出身であることが嫌だと思っていた時期もあるんです。だからその頃は、田舎をほうふつさせる演歌や時代劇などからは距離を置いていました。トレンディードラマに出演して、おしゃれで都会的な役を演じることが多くなり、ファンの人たちも私が都会で生まれ育ったと思っていたようです。イメージというのは作品と役柄に影響されます。実態とは違い1人歩きするおもしろいものだと思いました。
 
でも、そのうちに、時代劇にも出演するようになりまして。すると、それまで距離を置いていたはずの時代劇が段々好きになってくるんですよ(笑)。そのあたりから、コンプレックスだった自分の故郷も受け入れられるようになりました。
 
 
 
 
 

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