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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

 

天才セッターが指導者として語る
最強チームをセットする極意

 
 
「気づき」 は戦うことにおいて何より重要なものだと中田氏は語る。現在の全日本女子代表の中心選手も、あるターニングポイントで気づきを得て、それからの活躍が目覚ましいものになったと中田氏は見ている。では、どんな時に 「気づき」 は訪れるのだろうか?
 
 

「気づき」を得るきっかけ

 
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 多いのが、バレーボールから離れたときでしょうか。私の場合も、ソウルオリンピック前にケガで戦列を離れざるをえなくなって、医師からは選手生命が終わったと告げられました。そのときに気づいたんです。「絶対にバレーボールをやめたくない」 と思ったんですね。
 私は中学を卒業してすぐに社会人バレーの世界に飛び込みました。高校生活には楽しいことも多くあるでしょうが、それを捨ててバレーボールを選んだので、ケガを直そうとする努力をせずに引退を迎えてしまったら、何年か後に絶対に後悔すると思ったのです。そのときは楽かもしれない。でも、ゆくゆく自分で自分をかわいそうに思ってしまうんじゃないかと。だから再起不能を告げられても、簡単には諦められなかった。
 確かに、ケガをした直後はネガティブにもなりました。だけど、考えるための時間をもらったのかなと。それで、なんとか復帰したときに、その気づきが現実的になった瞬間がありました。全日本女子が練習に使っている体育館に戻ったら、2ヶ月ぶりの復帰なのに、誰もいなかったんですよ。「私が帰ってきてるのに、なんで誰もいないの?」 って(笑)。 考えてみたら、療養中にチームやメンバーから励ましをもらったり、支えになるようなものも特にはもらっていなかったんです。そのときに 「勝負の世界はこういうものなんだ。戦えない者はどんどん置いていかれる世界なんだ」 とリアルに気づきました。
 ソウルオリンピックまで時間がないから、チームとしては当然、代わりのセッターをコートに入れてチーム作りを進めますよね。それで私も火がついて、もう一度自分が戦える者であることを証明してやろうと思ったんです。それが私なりの 「気づき」 でした。悔しかったり、最前線から下げられたときこそ、人間は次のステップをどう戦うのかを考えるものなんでしょう。
 ですから、復帰後はセッターのポジションについて、それまで以上に自分で分析して、考え抜きました。セッターの面白さも以前より深くわかってきました。視野も広がっていきましたね。オリンピックに挑むうえで、このチームはどの部分で勝負をかけていけばいいのか。「私たち」 ではなくて 「このチーム」 と一つ引いて考えるのは、司令塔役のセッターならではでしょうね(笑)。 ケガをして大変な思いもしましたが、以前よりバレーボールに集中できるようになったのは、この 「気づき」 があったからだと今は考えています。
 
 
もちろん、すべての選手が、中田氏のようにどん底から這い上がることで気づきを得るわけではない。きっかけは千差万別だ。中田氏も、指導者として個々の選手にどう声をかけていくかなどを常に工夫しているという。その細やかさは、栄光とともに痛みも知る者だからこそだろう。
 
 

自分で考え、自分で動く

 
 選手の中でも手がかかる選手と、放っておいてもどんどん進んでいく選手がいますからね。ケースバイケースですよ(笑)。 ただ、私自身が女性ですので、女子チームを指導するときに選手はきつく感じるでしょうね。すべて見透かされてしまいますから。男性監督だと、さすがに更衣室までは入れませんが、私は入っていけるわけです。お風呂に一緒に入ることだってあるわけで、選手としては逃げ場がないんですよね。
 そういった意味では、選手にとって女性の指導者はきついかもしれません。そのぶん、意思の疎通は男性監督とは違ったとり方になってくると思います。もちろん男性と女性でどちらが女子チームの指導者に適しているかを論じているのではなく、どちらにも長短あるでしょうが、女性ならではの方法もあると私は考えていますね。
 
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“天才セッター”の手。この手が上げる何万本というトスが、全日本女子を
勝利へと導いてきた
 
 指導者といえば、私の場合は元全日本の生沼スミエ*さんの影響が大きいかもしれません。そもそも私、生沼さんに否定されたことがなかったんですよ。教えてくれたのは、「久美くらいになったら、ストレート**で相手がブロックアウト***しかできないトスを上げちゃえばいいんだよ」 とか、それだけ。
 言っていることの意味はわかる。どういうトスを上げたらブロックアウトがとれるのかもわかる。わかるけど、それをどういう場面で使ったらいいかがわからない。周りをどういうふうに動かして、ストレートでブロックアウトをとれるトスを誰に上げればいいかが、当時の私にはわかりませんでした。
 それは、「そこから先は自分で考えなさい」 というメッセージが込められたアドバイスだったんですね。その後、セッターとして試合を経験していく中で、組み立て方がわかり、勝負どころがわかり、人の使い方がわかっていくことによって、「あ、この場面でこういうトスを上げるとチームが勢いに乗るんだな」 と理解していきました。経験やパターンが蓄積されて実力になっていったわけです。生沼さん、よく見てくれていたんだなと実感しましたね。

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1960-70年代初期に活躍した名セッター。68年メキシコシティオリンピック、72年ミュンヘンオリンピックで銀メダル。1982年のアジア大会では全日本女子の監督も務めた。
**コートに対してまっすぐに打つスパイク。対角線に打つのはクロス。
***ブロックしたボールがコートの外に落ちるミス。ブロック側の失点になる。 
 
 
 
 
 

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