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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

成功を続けられる周囲との関係性を
スピードスケート界の女神が語る

 
 
 私は末っ子なので、もしかしたら甘え上手なのかもしれません(笑)。 甘えと言っても、何かをおねだりするとか、そういうベタベタな甘えではないんです。大事なのは、ちょっと声をかけてみることだけ。たとえばスケートで試してみたいことがあるとしますよね。それを一人で黙々と考え込むのではなく、「私、こういうふうにしたいんだけど、見てもらえますか」 というような。それで相手の都合が悪くて、止むを得ず断られたら違うところにいって同じようにしてみる。つまり甘えられる集団を集団A、B、C・・・などというようにいくつか持っておいて、相談できる環境にしておくんですよね。もちろん信頼できる人たちに限りますけどね。
 
 
いい意味で甘え上手になること。アスリートというと、とかくストイックに自分一人で理想形を突き詰めるイメージがある。しかし、岡崎選手のスタンスはその真逆だ。甘えられるところは甘え、助けてもらうところは助けてもらう。つまり、一人で気負うことがないので、肩に力が入っていないのだ。それが偉大な記録につながっていくとすると、この方法論には耳を傾けてみたい。
 
 

岡崎朋美流・甘えの方法論

 
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富士急行スピードスケート部のリンク。ここで、多くの仲間に支えられて
練習に励む。晴れた日には富士山も姿を見せる。
 私で言えば、富士急行スピードスケート部の長田顧問監督やチームスタッフ、主人などは甘えていく場所の代表でしょうか。ちなみに長田監督は選手のことをちゃんと考えてくれる監督です。選手を立ててくれるので、すごく信頼、信用を置いています。
 長野オリンピックの直後に、スラップスケートという種類の靴が急速に広まったんです。スラップスケートというのは、靴のかかとが刃から離れるタイプの靴です。それまでのスケートシューズは靴と刃が完全に固定されていたんですが、ある国の選手がその新しい靴を履いて、メダルこそとりませんでしたけど、驚異的な記録の伸びを見せて。それから世界的に「スラップスケートがスピードスケートの記録を塗り替える」という潮流になったんですね。そのとき私は靴についてはそれほど詳しくなかったので、スタッフが現地からスラップスケートを買って帰って、構造研究を重ねて、私に合わせてくれたんです。刃と靴が開く感覚やキックポイントを私が試し、監督やスタッフにフィードバックする。彼らはそれをもとに、理にかなったスケーティングができる靴を研究してくれる。その関係の中で、私は遠慮なく“甘え”ました。
 今でこそいろんな企業がスラップスケートを出していて、多くの種類から選べますが、まだそのときは一つしか靴の種類がなくて、メカニズムに詳しい人を頼るほうがベストだと思ったのです。それに、機械のことは男の人のほうが得意だから、「えーい、任せちゃお!」 と(笑)。 その判断は正解だったと思いますよ。自分だけで悶々と考えていたら、今につながっていたかどうか・・・・・・。当時はオリンピックまで1年しかなかったので大変でしたが、振り返ってみると、あのときに柔軟思考ができたことが、とっても自分を助けてくれたと思いますね。
 
 
自分を取り囲む人たち。その人たちを、うまく“利用”するのではない。うまく“甘える”だけで、自分のすべきことに専念できる場所を確保する。そしてメンタル的にも時間的にも余分なプレッシャーや負荷を追わずに済む。そうなるためのアクションは自分で起こすものの、岡崎選手の言葉を借りるなら「甘え上手こそ、成長するポイント」。そのような甘えを許してもらえる魅力を放ち、人間関係を築いていくことこそ、成功の秘訣だと言えるだろう。
 
 

ソチ五輪へ向かっての心境

 
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 今のご時世、スケートをやっていける場所はなかなかありません。ですから、富士急行に対してはとても感謝しているんです。スケートをさせてくれる場所の提供でもそうだし、メダルをとるという目標を第一に考えてくれて、「岡崎さんの好きにして下さい」 と社長も支援してくれています。この環境があること自体、すごいことですよね。
 しかも、子どもを産んだ後に 「朋美ハウス」 を造るとほのめかしてくれたんですよ(笑)。 「朋美ハウスってなんですか?」 と聞くと、いわゆる託児所みたいな社内制度を作って、女子の選手がスケートの練習に専念できるようにするプランがあるそうなんです。私は朝から晩まで練習していますから、会社がどこまでやってくれるかはこれからの話になりますけど、ここは思い切った “甘え時” かなと、今から思っています(笑)。
 
 ちなみに、今の私の目標は、子どもを無事に生んで、ママさん選手としてソチオリンピックに出場すること。この目標を追える人間関係に恵まれていることに、今はただ感謝しています。

(インタビュー・文 新田哲嗣 / 写真 田中正清)

 
 
  所属  
富士急行株式会社スピードスケート部

  所在地  
山梨県富士吉田市新西原5-2-1

  オフィシャルサイト  
http://www.fujikyu-speed.jp/
 
 
 
 

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