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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

魂を揺さぶる弾き語りで 苦難に立ち向かう勇気を
榎原資和音楽事務所 代表 榎原資和

 
プロフィール (えのはら よしかず)和歌山県出身。学業修了後は音楽活動を展開する。その後、父の家業を手伝うため活動を休止。2014年頃、両腕の病気により計6回の手術を受ける。リハビリのためにギターを弾き、2016年にシンガーソングライターとして音楽活動に復帰した。作詞・作曲を行うほか、音楽イベントも企画・主催し、自身の経験をもとにした楽曲と「魂の叫び」と評される歌声でファンを魅了している。
 
 
 
「自身と同じような境遇で、病と闘う人たちへ勇気を与えたい」。そう語るのは、榎原資和音楽事務所の代表を務め、ミュージシャンとして活動する榎原資和氏だ。穏やかな笑顔の裏には、病気治療のためこれまで肘や手首などに6度の手術を受けたという過酷な経験がある。苦難を乗り越え、傷跡が残る手で奏でるギターの音色とその歌声は、聴いた人の魂を揺さぶるという。そんな、榎原代表の音楽にかける熱い思いをうかがった。
 
 
 

苦難に立ち向かう大切さを学んだ

 
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インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 兵庫県尼崎市で音楽イベントの企画・主催などを行う榎原資和音楽事務所さん。自らもシンガーソングライターとしてご活躍している榎原代表にお話をうかがいます。まずは、音楽に興味を持ったのはいつ頃からなのか教えてください。
 
榎原 高校生のときです。当時は長渕剛さんや玉置浩二さんに憧れて、夢中になってギターを練習しましたね。
 
畑山 僕も同年代なのでよくわかりますよ。僕はブルーハーツや氷室京介さんの曲をよく聴いていましたね。ギターは独学で練習なさったんですか?
 
榎原 ええ。高校3年生のときに、文化祭のステージで歌ったのが最初の舞台です。それからはライブハウスでも歌うようになり、25歳まで家業と音楽活動を兼業していました。その頃、自営業を営んでいた父から「専念してほしい」と頼まれ、家業に専念することになったんです。その後、家業の事業縮小に伴って転職し、現在の尼崎市に移り住みました。その間、10年以上音楽活動を休止していたんです。
 
畑山 それでは、再び音楽活動をしようと思ったきっかけはなんだったんでしょう?
 
榎原 実は、最初は両腕を手術した後のリハビリが目的だったんですよ。というのも、2014年頃に突然、両腕を激痛が襲ったんです。どうやら、骨片が神経と静脈に触れていたのが原因だったようでした。それから、肘や手首など合計6回もの手術を受け、その後のリハビリのためにギターを弾こうと考えたんです。そして、2016年にライブハウスで音楽活動に復帰を果たし、次第に地域のイベントやお祭りなどに呼んでいただくようになりました。その中で私は、あきらめない心で苦難に立ち向かう大切さを学んだんです。
 
 
 
 

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