「こうしたらもっと良くなる」を積み重ねてきた結果、今のRIZINがあると語る榊原さん。今後のRIZINやご自身の人生の展望についても、詳しくお話ししていただいた。
100年続くコンテンツに
僕は、余生は陶芸をしようと決めているんです。窯を買って、山にこもって陶芸に勤しみたい(笑)。昔から、自分の手を使ってものづくりをするのが好きなんですよ。絵を描くのも楽しそうだなと思っています。今は、格闘技という形のないコンテンツを、より良いものに磨き上げる作業をしているので、余計に形のあるものをつくりたいのかもしれませんね。
「いつかやりたい」と思っていると、何事も実現できないものです。だから、RIZINはあと3年くらいで僕の手から離して、陶芸家として生きていくという目標を立てています。そのためには、3年の間にRIZINで成さなければいけないことがいくつかあります。
RIZINは2015年に立ち上げて以来、10年間ファンの方々に支えられ、志の高い選手たちがバトンをつないで成長してきました。僕は、これは奇跡だと思っています。世の中にはお金で解決できることもありますが、こうしたコンテンツの成長というのは、お金だけではどうにもなりません。そのうえで、次に目指すべきはプロモーターの僕がいなくなったとき、RIZINの看板でもある朝倉未来がいなくなったときでもRIZINの世界観を保っていくことです。
“総合格闘技”というジャンルが世界に誕生したのは、1993年。まだ30年ほどしか経っていないんですよ。サッカーや野球などのメジャースポーツは100年、200年という歴史があります。僕はRIZINも100年先まで輝けるポテンシャルがあると考えています。でも、僕は100年後までプロモーターをしていけるわけではありません。だから今後3年の間に、次の20年、30年と右肩上がりでRIZINを導いていける最強のチームをつくっていきたいですね。
選手の中では、現在19歳の秋元強真がすでに活躍し始めてくれています。彼は10年後でも、まだ29歳。現在、朝倉未来が33歳ですから、10年後も活躍しつつ、ほかの選手を導く存在になってくれるのではと期待しています。もちろん、才能のある選手すべてがトップアスリートになれるわけではありません。多くの方から興味を持ってもらい、トップを走っていける選手たちの育成もしていきたいと思っています。若い選手たちにも、さまざまな人間ドラマがありますから、それを積極的にみなさんにお見せしていけたら良いですね。
海外進出についても構想しています。RIZINは国内で多くの方に愛していただいていますが、まだ海外市場には積極的にチャレンジはしていません。配信を通じて、各国から観戦してくれているファンもいますけどね。でも、今後はより戦略的に海外へ進出していきたいと思っています。ワールドワイドなコンテンツに振り切っていきたいんです。そのためには、資本政策を組んだり、人手を増やしたりしなければいけません。まずは、その礎を築いていきます。
RIZINは、「次のプロモーターは君だよ」と継いでいくような組織ではないと思っています。ただ、僕自身の経験から言うと、「この人はプロモーターの素質があるな」と感じる場面がありますね。今の選手たちの中では、朝倉未来はその一人でしょう。もちろん、彼は現役の選手ですからプロモーターとして足らないところも多々あります。今後さまざまな経験の中で必要な力を身につけていけば、いつかセカンドキャリアとして私以上のプロモーターになれる素質はあると思っていますよ。ぜひ、今後10年先、20年先のRIZINも楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
(インタビュー・文 中野夢菜/写真 竹内洋平)
榊原信行(さかきばら のぶゆき)
1963年生まれ 愛知県出身
大学を卒業後、東海テレビ事業株式会社に入社。1997年に、格闘技イベントPRIDEの立ち上げに参加した。イベントの拡大に伴い、2003年に独立。2007年までPRIDEの運営を続けた。2009年、FC琉球のオーナー兼CEOに就任。2013年、同球団のJリーグ参加を機に代表を退いた後、2015年に格闘技イベントRIZIN FIGHTING FEDERATIONを始動。格闘技シーンのキーマンとして活躍を続け、2022年には「THE MATCH 2022」にて那須川天心VS武尊を実現させた。
(取材:2025年11月)